コラム
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動機の錯誤と契約の性質
動機の錯誤に関する最高裁の判断の紹介です。
最高裁平成28年12月19日判決です。
事案の概要
信用保証協会と銀行の紛争です。
ある会社が、信用保証協会を保証人として銀行から融資を受けていました。
さらに、借入金の借換えおよび追加融資の依頼。
信用保証に際しては、業況の悪化している一定業種に属する中小企業者に特別に信用保証を行うためのセーフティネット保証制度が用いられることになりました。
同制度について、市長の認定。
その後、保証契約が締結。
会社は破産。
保証協会が代位弁済。
その後、この会社は、本件事業を第三者にに譲渡していたことが発覚しました。
保証会社は、保証契約は要素の錯誤により無効であると主張。
不当利得返還請求権に基づき代位弁済金等の返還を求めたという内容です。
セーフティネット保証制度を使ったものの、対象業種の事業を行っていなかったという事実が判明したというケースです。
高裁までの判断
第1審・原審とも錯誤無効を認めています。
セーフティネット保証制度の対象業種たる本件事業を行う中小企業者であるかどうかは、本件保証契約を締結するための重要な要素だとし、保証協会の本件保証契約締結の意思表示には要素の錯誤があったという認定です。
最高裁の判断
破棄自判。
信用保証協会は、中小企業者等に対する金融の円滑化を図ることを目的とし(信用保証協会法1条)、中小企業者等が金融機関に対して負担する債務の保証等を業務としている(同法20条1項)。
したがって、信用保証協会が保証契約を締結し、金融機関が融資を実行した後に、主債務者が信用保証の対象となるべき中小企業者でないことが判明した場合には、信用保証協会の意思表示に動機の錯誤があるということができる。意思表示における動機の錯誤が法律行為の要素に錯誤があるものとしてその無効を来すためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する。そして、動機は、たとえそれが表示されても、当事者の意思解釈上、それが法律行為の内容とされたものと認められない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である(最高裁平成26年(受)第1351号同28年1月12日第三小法廷判決・民集70巻1号1頁等参照)。
事業譲渡によって本件制度の対象となる中小企業者の実体を有しないこととなっていたことが判明していた場合には、これが締結されることはなかったと考えられる。しかし、金融機関が相当と認められる調査をしても、主債務者が中小企業者の実体を有しないことが事後的に判明する場合が生じ得ることは避けられないところ、このような場合に信用保証契約を一律に無効とすれば、金融機関は、中小企業者への融資を跨踏し、信用力が必ずしも十分でない中小企業者等の信用力を補完してその金融の円滑化を図るという信用保証協会の目的に反する事態を生じかねない。
銀行は融資を、保証協会は信用保証を行うことをそれぞれ業とする法人であるから、主債務者が中小企業者の実体を有しないことが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき、その場合に保証協会が保証債務を履行しないこととす
るのであれば、その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であったにもかかわらず、本件基本契約及び本件保証契約等にその場合の取扱いについての定めは置かれていない。これらのことからすれば、主債務者が中小企業者の実体を有するということについては、この点に誤認があったことが事後的に判明した場合に本件保証契約の効力を否定することまでを銀行及び保証協会の双方が前提としていたとはいえないというべきである。このことは、主債務者
が本件制度の対象となる事業を行う者でないことが事後的に判明した場合においても異ならない。
もっとも、金融機関は、信用保証に関する基本契約に基づき、個々の保証契約を締結して融資を実行するのに先立ち、主債務者が中小企業者の実体を有する者であることについて、相当と認められる調査をすべき義務を負うというべきであり、銀行がこのような義務に違反し、その結果、中小企業者の実体を有しない者を主債務者とする融資について保証契約が締結された場合には、信用保証協会は、そのことを主張立証し、本件免責条項にいう金融機関が『保証契約に違
反したとき』に当たるとして、保証債務の全部又は一部の責めを免れることができると解するのが相当である(前掲最高裁平成28年1月12日第三小法廷判決参照)。
動機は、それが表示されていたとしても、当事者の意思解釈上、本件保証契約の内容となっていたとは認められず、保証協会の本件保証契約の意思表示に要素の錯誤はないというべきである。
動機の錯誤については、従前どおりの解釈がされています。
そして、これが表示されたとしても、当事者間の性質を考慮して、契約の前提を認定した形です。
保証協会とは?
保証協会は法律に基づく機関です。
信用保証協会法に基づいて設立されています。
その趣旨として、同法は、中小企業者等が金融機関から貸付け等を受けるについて、その貸付金等の債務を保証することで、中小企業に対する金融の円滑化を図ることとされています。
今回のケースでは、保証協会と銀行の紛争ですが、この当事者間の争いは結構あります。
動機の錯誤が争点になるケースもありました。
最判平成28・1.12では、主債務者が反社会的勢力であったということで、信用保証協会が誤認したケースでした。最高裁は、信用保証協会の錯誤無効の主張を排斥していました。
動機の錯誤とは?
動機の錯誤が、民法95条に該当して無効といえるかどうかについて、判例は「動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならない」としています。
まず、動機が表示されていたことが必要。
さらに、意思表示の内容となっていたことも必要です。
今回の判決でも、「動機は、たとえそれが表示されても、当事者の意思解釈上、それが法律行為の内容とされたものと認
められない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である」と判示しています。
法律行為の内容になるかどうかについて、保証協会制度の実態を論じ、今回の動機は、法律行為の内容になっていないとして、要素の錯誤はないとしました。
具体的には、このような場合に信用保証契約を一律に無効とすれば、金融機関は、中小企業者への融資を跨踏し、信用力が必ずしも十分でない中小企業者等の信用力を補完してその金融の円滑化を図るという信用保証協会の目的に反するという点を指摘。
金融機関による融資を促進する趣旨を重視した内容です。
また、専門家同士の契約であったことから、「主債務者が中小企業者の実体を有しないことが事後的に判明する場合が生じ得ることを想定でき」「その旨をあらかじめ定めるなどの対応を採ることも可能であった」として、契約や合意内容でフォローすれば良いはずだと認定してもいます。
動機の錯誤については、2020年施行の民法改正法でも変更されている箇所です。
こちらは動画で解説もしていますので、参考にしてみてください。
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