裁判例
裁判例紹介
水増し行為と過失相殺
従業員が取引先に働きかけ、水増し行為をした事件です。
被害者である会社にもチェック体制の問題があるとして過失相殺が認められた事例を紹介。
東京地方裁判所平成28年12月13日判決です。
住宅建築会社が、元従業員らと取引先の共謀により架空契約、上乗せ請求をしたとして、損害賠償請求をしたケースです。
裁判所として、共同不法行為を認めるものの、25%の過失相殺をし、被告らに対し、約6963万円の賠償を命じるなどしました。
事案の概要
原告は、建築会社。戸建て住宅の建築等を目的とする会社でした。
元従業員が被告会社と共謀。
原告は、各営業所長に対し、工事施工業者が使用するための駐車場を賃借する権限を与えていました。
ここに着目。
架空の駐車場契約書や請求書をあたかも実体のある真正なものとして原告本社に送付し、駐車場使用料名目で金員を詐取しました。
現行は、被告会社設立前の詐取行為について、被告会社の代表取締役へ、被告会社設立後の詐取行為については、共同不法行為に基づき、架空契約による損害等として、約1億0306万9101円及びこれに対する上記期間における最終取引日の後の日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めました。
原告の規模、従業員の属性は?
原告は、東京都西東京市に本社。
年間数千棟の戸建住宅の建築販売をしていました。
本社のほかに新横浜営業所、大和営業所など多数の営業所を持っている規模でした。
不正をした元従業員は、新横浜営業所、大和営業所の所長となっていました。
本件不法行為により懲戒解雇。
そのほか、営業担当従業員も懲戒解雇とされています。
架空請求をしたとされる被告会社はどんな会社?
被告会社は、この不正行為の途中で設立されています。
駐車場の管理及び経営、不動産の売買、仲介等を業とする株式会社でした。
不正行為に関与した同社の代表取締役は、別会社の取締役でもあり、同社にて駐車場賃貸の仲介などをしていました。
不正行為、上乗せの仕組みは?
原告では、現場で使用する工事用の駐車場契約について、各営業所に任されていました。
いかなる仲介会社を通じて締結するかについて、営業所長が駐車場契約の決裁権限を有していたのです。
原告新横浜営業所では、駐車場仲介会社の訴外会社と取引をはじめていました。
その後、その会社の取締役であった被告が設立し代表取締役を務める被告会社を通じて駐車場契約を締結するようになりました。
元従業員や被告らは、現実に需要のある駐車場契約を締結することを前提として、金額を上乗せする形で駐車場契約を締結したり、駐車場の契約台数を上乗せしたりするやり方で駐車場契約を締結したりしました。
その間、被告から原告元従業員の口座に対しては、9262万4890円、2867万6473円などが送金されていました。
元従業員は、原告に対し、被害弁償をしたり、一部弁済しました。
原告における上乗せ請求のチェック体制は?
原告では、各工事現場において使用する駐車場の目安を、建物1棟につき2台と定めていました。
そして、各営業所において駐車場賃貸借契約を締結した場合、原告本社管理部経理財務課が、賃貸借契約書とこれに基づく請求書を突合して費用の整合性を確認する作業を行い、賃貸借契約書と請求書の整合性が確認できた場合に賃料を支払うという運用がされていました。
原告では、駐車場賃貸借契約に関して、上記の確認のほかに営業所から提出された駐車場契約書記載の契約台数の適否等は確認していませんでした。
また、契約書記載の現場に本社の担当者が実際に契約書記載の台数が借りられているかどうかを確認したり、原告本社において、賃貸借契約書と現場における工事期間等をひも付けて確認したりするようなシステムはありませんでした。
契約書と請求書の整合性はチェックするものの、契約書が実態に合っているかどうかのチェックはされなかったことになります。
そうすると提出された契約書自体が架空のものだとチェックできないことになります。
発覚の経緯は?
一連の不正行為が発覚したのは、原告従業員からの申告でした。
その結果、複数の支店長が関与していたことが判明し、複数名を懲戒解雇や、降格処分としています。
基本的に、このような不正は、内部の関係者から判明することが多いです。
被告らに、本件架空契約が架空のものであることについて故意又は過失は?
被告らは、共謀して、原告の現実の工事現場名に適当に合わせて、架空の駐車場契約書を作成し、請求書を送付し、原告従業員が、これに営業所保管印を押印して、原告本社に請求させていました。
このような行為は、故意による共同不法行為とされそうです。
被告らは、これに対して、原告の元従業員から働きかけによるものであり、過失もないと主張しました。
すなわち、被告会社は、元従業員から、架空契約の締結を依頼されました。
その際の説明としては、原告は建売住宅の施工販売を行っているところ、当初予定されていなかった追加工事の必要が生じた場合、追加工事費用という名目では予算を取り付けることができず、他方で、追加工事を終了させなければ次の案件に着手できないことから、追加工事を迅速に終了させる必要があり、そこで、駐車場契約の内容を水増しして原告本社に余分な駐車場代を支払ってもらい、その後、元従業員に返金する方法で、追加工事費用に充てるので、その協力を求めるというものでした
被告会社は、原告の新横浜支店長からそのような説明を受け、原告との受注を得る目的もあり、これに応じることとしたものでした。
被告らは、その説明を受けて、その手段が独特であるとの認識は持ちつつも、重要な取引先であることもあり、これに協力することにしたと主張しました。
実際にも、返金先銀行口座は、原告従業員名義の口座だけではなく、下請け工事業者名義の口座が指定されることもあり、被告は、追加予算を工面するため営業所長限りで決済可能な手法が通用していると考えていたと反論しました。
さらに、被告らは、元従業員が真実追加工事業者への支払に充てるケースもあったとして、被告らからすると、水増し駐車場代金を私的流用に充てられる可能性があると予見することは不可能であったし、仮に予見することが可能であるとしても、その確認には被告らが工事現場に赴き、追加工事の有無を確認しなければならず、そのような調査を行うことは不可能であり、結果回避可能性がないと主張しました。
不正に対する故意に関する裁判所の判断
このような被告の反論について、裁判所は排斥しました。
民法709条にある「故意」とは、自己の行為が他人の権利を侵害し、その他違法と評価される事実を生じるであろうということを認識しながら、あえてこれをする心理状態と定義。
被告らは、追加工事が発生した場合の予算を原告から取り付けられないことから、駐車場契約の内容を水増しする形で請求し、当該水増し分を追加工事費用に充てると言われて、水増し契約を含む本件架空契約に基づき、原告に対して、駐車場料金の請求をはじめ、平成23年1月からは、全く架空の契約書等を作成してこれに基づく請求を行うようになっていたと認定。
このように被告らとしても、本件架空契約が被告会社又は訴外会社が原告に対して真実請求することが可能な駐車場料金を超えて、駐車場料金名目で金員を請求していること自体は認識していたのであり、通常、その使途がいかなる名目であれ水増し契約を含む架空契約が契約の相手方に本来義務を負うべきではない費用の支払を促すことでその財産権を侵害するものであることからすれば、上記認識をもって、本件不法行為に関する故意があったと認められるとしています。
理由はともあれ、架空の契約に基づく請求をしただけで原告の財産権を侵害したという主張です。
本件のように契約の相手方の従業員が本人とともに架空の契約を締結して契約に係る金員名目で金員を取得した場合には、架空契約により金員を取得することについての認識があれば、相手方に財産上の損害を負わせることの認識に不足がないことから、不法行為における故意があるものと解されるとしています。
それ以上に、取得した金員の使途等についての認識が必要とはいえないと。
過失の成否についても、予見可能性を前提とした結果回避可能性があることまで必要ないとして、被告の主張を排斥しています。
水増し行為と過失相殺は?
被告らは、仮に被告らに共同不法行為が成立するとしても、本件不法行為は、被告会社の知る限り8名もの原告従業員が関与するものであり、原告は多人数の違法行為を看過しているといえるし、本件不法行為の首謀者は新横浜営業所長であり、本来他従業員を監視監督すべき地位にある営業所長自らが横領行為に及ぶことは原告の管理体制不備を顕著に表すものだと主張しました。
そして、このような行為が行われた理由として、原告において、追加工事代金を捻出する需要があるにもかかわらず、原告本社がこれを無視して現場担当者に責任を押し付ける運用を行っていたということがあり、この点からも原告の管理体制に不備があると主張。
さらに、原告が駐車場契約の実態把握を全くしておらず、被告らに架空契約の全情報の開示を依頼し、原告自らが収集した資料が存在しないことからしても、駐車場契約に関し、何らのチェック機能も果たしていなかったことを示すものだと主張しました。
このような事情から、原告は監視監督義務を完全に怠っていたことは明らかとし、原告には少なくとも7割の過失が存在するとして、過失相殺の主張をしたものです。
裁判所も、原告によるチェック体制は問題としました。
このような形態の架空契約は、営業所から提出された賃貸借契約書の記載内容と建設現場の所在やその場所における工事内容等を図面等で確認したり、現実に工事現場を視察するなどして請求に係る駐車場が使用されているかを確認したりするなどすることにより容易に発見することが可能だったとしています。
しかも、原告においては、1現場当たりに目安となる駐車場の台数が定められてありながら、被告会社から提出される駐車場の賃貸借契約の記載内容の真偽について、現場を視察したり、工事内容等を確認したりするなどしてこれを確認せず、専ら営業所任せにしていたことから、従業員に対する監視監督義務を怠ったものといえ、これが本件不法行為の発生及びこれによる損害の拡大を招いたとしました。
ただ、過失割合については、故意による不法行為であり、原告の過失を大きく考慮することは公平の観点から妥当とは言い難いとし、本件不法行為の発覚に約3年を要したことなどを考慮しても、損害の発生及び拡大に関する原告の過失を大きく考慮することは相当ではなく、本件においては、原告に発生した損害の25%を民法722条2項により控除するのが相当としました。
故意による不法行為で過失相殺?
過失相殺について、原告からは、故意による不法行為で過失相殺を認めるのは妥当でないと主張されていました。
しかし、判決では、民法722条2項は、過失相殺に関して、故意による不法行為を除外していないこと、故意による不法行為の場合であっても、被害者の過失の内容によっては、これを損害額の算定にあたって考慮することは損害の公平な分担という過失相殺の制度趣旨に沿うものといえることからしても、本件が故意による不法行為であることをもって原告の過失を考慮することができないとはいえないとして、過失相殺を認めました。
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