婚姻費用の減額、病気による診断書、減収事実があっても否定された事例

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FAQ(よくある質問)

 

Q.病気でも婚姻費用は減額できない?

婚姻費用は一度決めた後も、事情変更があれば減額や増額されることがあります。

病気による減収は事情変更が認められやすいですが、診断書だけでは否定された事例があります。大阪高等裁判所令和2年2月20日決定です。

 

この記事は、

  • 病気で減収、婚姻費用や養育費を下げたい
  • 婚姻費用や養育費の減額請求をされている

という人に役立つ内容です。

著者 弁護士石井琢磨

 弁護士石井琢磨
 更新:2021.5.25

 

事案の概要

夫(昭和53年生)と相手方(昭和55年生)は、平成23年1月5日に婚姻。

夫は、相手方と前夫との子(平成15年生)と養子縁組。
夫と相手方は、平成24年、長女をもうけました。

相手方は、平成28年1月16日、子らを連れて自宅を出て、以後、夫と別居し、子らを監護養育。

夫は、同年10月24日、養子と調停離縁した。

相手方は、同年4月11日、婚姻費用分担調停申立て。同年8月15日に不成立となり、審判手続に移行。

 

抑うつ状態の診断書

夫は、平成30年4月までの間、妻に対し、月額6万円の婚姻費用を支払っていたものの、長女と面会できなくなった同年5月以降、婚姻費用を一切支払わなくなりました。

夫は、長女と面会できないことや妻との間で複数の裁判事件を抱えていることから精神的に疲弊し、同年4月28日、同年5月9日、同年9月1日、同年10月4日にメンタルクリニックを受診して薬の処方を受け、医師から「抑うつ状態」であり、同年9月1日から同年10月30日まで休業加療が必要であるとの診断を受けました。

夫は、その後、同年11月16日、平成31年4月10日、同月23日、令和元年5月7日、同年6月13日、同月19日、上記メンタルクリニックを受診し、同年5月7日付けで医師から、「気分変調症(慢性の抑うつ状態)」であり「離婚後、子供に会えないという心理環境因がある。うつ状態の持続から、一般就労は困難な状態である」との診断を受けています。

 

診断書


夫の稼働状況

夫は、休職することなく、平成30年10月、13年間勤務していた株式会社を自主退職。

平成31年4月18日まで雇用保険を受給。

夫は、求職活動を続け、平成30年12月からは短期雇用契約を締結し、令和元年6月までの間、月にゼロないし数日程度、競馬場競馬開催当日の馬場等の維持管理作業を内容とする業務に従事。

夫は、平成31年4月に第一種衛生管理者の免許を取得し、令和元年5月13日、株式会社に雇用され、週に2時間程度、衛生管理の業務に従事。

夫は、資格取得のための勉強をし、短期訓練も受け、上記2社以外にも複数の会社に求職活動を続けているがそのほとんどが不採用となっていました。

 


婚姻費用減額申立て

夫は、平成30年10月30日、本件審判で定められた婚姻費用分担金の額を月額0円に減額することを求めて、婚姻費用分担(減額)調停申立て。平成31年3月25日に不成立となり、本件審判手続に移行。

婚姻費用減額

 

 

当事者の収入状況

夫は、本件退職後から同年4月18日までの間、雇用保険(基本手当)及び求職支援費として合計74万9951円を受給。

夫の平成30年の給与収入は、給与収入は363万5000円、8万円。

夫の平成31年1月以降に支給された給与収入は、同年3月分として5万円、同年4月分として7万円、同年6月分として2万円。

夫の令和元年6月以降に支給された給与収入は、同月分が2万6000円、同年7月分が1万7000円、同年8月分が1万6000円。

これに対し、妻の平成29年の給与収入は224万6523円、平成30年の給与収入は210万0819円。

 

婚姻費用分担額の減額の要否

家庭裁判所は、夫は、本件審判確定後、平成30年10月に勤務していた会社を自主退職し、その後は求職活動を行って2社に短期雇用され、求職活動を継続しているところ、仮に、夫が再就職できたとしても、夫の年齢や精神状況、求職活動の状況等に照らせば、本件審判当時と同程度の収入を直ちに得られる可能性が高いとは認められず、現時点では、本件審判で定められた婚姻費用分担額を維持することが実情に適さなくなったというべきであると指摘。

そうすると、夫による本件退職が自主退職であることを踏まえても、本件審判後、本件審判に定められた婚姻費用分担額を減額すべき事情変更があり、婚姻費用分担額の減額の必要性が認められるとしました。

 

減額後の婚姻費用分担額

夫は、本件退職後、雇用保険を受給し、求職活動を継続して2社との間で短期雇用契約を締結しているが、安定した収入を得られるに至っておらず、精神状態については、抑うつ状態又は気分変調症であり「一般就労は困難」との診断を受けている点を指摘。

もっとも、夫の精神疾患の原因は長女と面会ができていないことや相手方との間での裁判を抱えていることであることにあるとされており、夫は求職活動を継続し、強い就労意欲を有している点も指摘。

以上の諸事情に加えて、夫の年齢や従前の職歴、直近の雇用形態や給料、雇用保険の受給額等を考慮すると、夫には、少なくとも従前の総収入の6割である年額約260万の収入を得られる蓋然性があると認められる。

したがって、婚姻費用分担の基準となる夫の総収入は、年額260万円と認めるのが相当である。

そこで、夫と相手方の収入を標準算定方式に基づく算定表の「表11 婚姻費用・子1人表(子0~14歳)」に当てはめると、夫が相手方に対して負担すべき婚姻費用分担額は、月額2万円ないし4万円程度と算定され、本件記録に現れた一切の事情を総合考慮すると、夫が相手方に対して負担すべき婚姻費用分担額は、月額3万円と解するのが相当としました。

これに対し、夫が即時抗告。

 

高等裁判所は減額せず。

原審判を取り消す。夫の本件申立てを却下するというものでした。

婚姻費用の減額自体が認められなかったという結論です。

 

矛盾供述を指摘

夫は、前件審判で定められた婚姻費用分担金を支払わなくなる前月の平成30年4月21日に医師の診察を受け始めた事実があります。

夫は、長女と面会できなくなったためうつ状態に陥った旨主張するが、長女とは同月30日に面会した後、面会できなくなったのであるから、上記主張は矛盾していると指摘

夫は、同年9月1日及び同年10月4日に医師に診断書の作成を依頼し、抑うつ状態のため休業加療が必要である旨記載された診断書の交付を受けたが、いずれの診断書も、具体的な症状が全く記載されていないし、夫の主訴に基づいて作成されたと推認されるから、これらをもって直ちに夫が実際に休業加療を要する状態にあったと認めることはできないと指摘。

現に、夫は、同年9月1日以降も休業することなく勤務を継続していたと認定。

 

ところが、夫は、平成30年10月20日、13年間も勤務していた会社を自主退職し、同月30日、婚姻費用分担金の減額を求めて本件調停申立てをしています。

しかし、夫の同年1月1日から同年10月20日までの給与収入は363万5000円であり、これを年額に換算すると、約453万円(363万5000円÷293日×365日)となり、前件審判において婚姻費用分担金算定の基礎とされた給与収入462万5000円をわずかに下回るだけであると算出。

 

通院状況が不自然

夫は本件調停申立て後、平成30年11月16日に受診した以後は約5か月間受診しなかったが、本件調停が平成31年3月25日に不成立となり、本件審判手続に移行した約半月後の同年4月10日に医師の診察を受け、令和元年5月7日、医師に診断書の作成を依頼し、気分変調症(慢性の抑うつ状態)であり、うつ状態の持続から一般就労は困難な状態である旨記載された診断書の交付を受けたと経緯を認定。

しかし、上記診断書も、前同様に具体的症状は全く記載されておらず、どの程度就労が制限され、どのような形態であれば就労可能であるのか明らかではないと指摘。

このような上記診断書の作成時期、経緯及び記載内容からすれば、夫は、本件審判手続において自己に有利な資料として提出するために上記診断書の交付を受けた疑いなしとしないとしました。

したがって、上記診断書をもって夫が抑うつ状態のため定職に就いて継続的に勤務することが困難な状態にあると認めることはできないと結論づけています。

 

就労困難というのは不自然

しかも、夫は、会社を自主退職後、散発的ではあるものの、勤務して給与収入を得る傍ら、平成31年春ころには第一種衛生管理者の免許等を取得し、令和元年秋ころには大学(通信教育課程)の入学試験に合格し、令和2年4月に入学する予定。

このように、夫は、自己の将来に役立てるために免許等の取得や大学入学を目指して意欲的に取り組み、実現しているのであるから、就労困難であるほどの抑うつ状態であるというのは不自然であり、信用することはできないと指摘。

夫が就労困難でないことは、夫が令和元年8月以降は受診も服薬もしていない上、同年9月11日の原審第4回審判期日において、相手方との審判等がなければ、身体、精神上特段の問題はない旨陳述していることからもうかがえるところであるとしています。


なお、夫が前件審判で定められた婚姻費用分担金を支払っていないにもかかわらず、上記大学の入学金及び20万円もの学費を納入したことは、婚姻費用分担義務より自らの希望を優先させるものであって、不相当であるといわざるを得ないと指摘。


以上のとおり、夫は、前件審判後、断続的に医師の診察を受け、会社を退職してほとんど収入がない状態となっているが、自らの意思で退職した上、退職直前の給与収入は前件審判当時と大差はなかったし、退職後の行動をみても、抑うつ状態のため就労困難であるとは認められないから、夫の稼働能力が前件審判当時と比べて大幅に低下していると認めることはできず、夫は、退職後現在に至るまで前件審判当時と同程度の収入を得る稼働能力を有しているとみるべきであるとしました。

したがって、夫の精神状態や退職による収入の減少は、前件審判で定められた婚姻費用分担金を減額すべき事情の変更ということはできず、夫の本件申立ては理由がないとして排斥。

前件審判で定められた婚姻費用分担金の額を変更すべき事情の変更は認められないとしました。

 

婚姻費用減額

婚姻費用減額の要件

婚姻費用は、夫婦が別居していても、婚姻関係が続いていれば、支払義務が生じます。

自己破産や個人再生でも減額されない強い権利とされています。

このような婚姻費用ですが、取り決めた後、当事者の経済状況の変化などの事情変更が生じた場合には、民法880条の類推適用で、婚姻費用分担額を変更できるとされています。

事情の変更とは、以前の合意や審判時点で考慮されていたり、基礎とされていた事情が、変更され、以前の金額が実情に適さなくなったことが必要とされます。

当時、予見できた事情が現実化した場合には、事情の変更があったとはされません。

今回の高裁の判断は、夫の稼働能力についての判断しています。

診断書の取得経緯や、その後の生活状況から診断書記載の内容を否定し、潜在的稼働力での収入を認定し、事情変更を否定したものです。

一般的に診断書の証拠能力は強いとされることが多いのですが、医師によっては比較的簡単に出してくれることもあります。このような実情を重視されると、診断書の取得経緯などを追及され、このような判断がされてしまうことが出てきます。

診断書否定

 


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