FAQよくある質問
FAQ(よくある質問)
Q.一部弁済で消滅時効はどうなる?
複数の借金がある場合に、一部だけを支払った場合、数年後に消滅時効の主張ができるのでしょうか。
弁済充当の指定がなく、一部弁済をした際に、他の借金の消滅時効が問題になった事例があります。
最高裁令和2年12月15日第三小法廷判決です。
この記事は、
- 消滅時効の主張をしたい
- 親族間で借金問題がある
という人に役立つ内容です。
貸金請求vs消滅時効
貸主が、借主に対し、平成16年、平成17年、平成18年と3回にわたって貸し付けた貸金の返還を求めた事案でした。
借主は、平成20年に、弁済を充当すべき債務を指定せず一部弁済をしました。
この一部弁済で、平成17年・平成18年の各貸付けについて、消滅時効が中断するか争われました。時効を止める債務承認になるのかどうかが問題になったものです。
親族間の貸付
もともとは、親から子への貸付でした。
親は、平成16年10月17日、長男である借主に対し、253万5000円を貸し付けました(「本件貸付け1」)。
親は、平成17年9月2日、借主に対し、400万円を貸し付けました(「本件貸付け2」)。
さらに、平成18年5月27日、借主に対し、300万円を貸し付けました(「本件貸付け3」)。
借主は、平成20年9月3日、親に対し、弁済を充当すべき債務を指定することなく、貸金債務の弁済として、78万7029円を支払いました。
親が死亡、兄弟姉妹の紛争へ
親が、平成25年1月4日に死亡。三女が、本件各貸付けに係る各債権を全て相続しました。貸主の地位を相続したものです。
貸主は、平成30年8月27日、借主に対し、本件各貸付けに係る各貸金及びこれに対する平成20年9月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める本件訴訟を提起。
借主は、本件貸付け2と3に係る各債務の時効消滅を主張。
貸主は、本件弁済で消滅時効の中断の効力が生じていると主張。
貸金業者などではなく、元は親子間の貸付という事案です。このような親子間の返済であれば、これは「あの借金への返済だ」というように、充当指定があるようなことは少なく、曖昧に一部を返していることが多いでしょう。
高等裁判所までは時効を認める
第一審の地方裁判所、原審の高等裁判所は、借主の消滅時効の主張を認めました。
本件貸付け2と3は消滅時効、貸付け1の残元金およびその遅延損害金の限度でだけ請求を認めた判断です。
借主の弁済は法定充当(民法489条)により本件貸付け1に充当され、他の貸付2,3には中断(障害)事由がないので、消滅時効を認める結論です。
高等裁判所は、本件弁済が本件債務2、3について承認にならないとしています。
その理由については、「複数の別個の債務を負う債務者である借主が弁済する際の合理的意思としては、当該弁済により別個の債務全てについてまでその存在を知っている旨表示したとは考え難く、 当該弁済が充当されるものについてその旨表示したと認めるのが相当」としています。
最高裁判所は時効を否定
最高裁判所は、原判決を変更し、消滅時効を否定、貸付2、3についても請求を認めました。
同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは、当該弁済は、特段の事情のない限り、上記各元本債務の承認(民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当であるとの判断です。
その理由として、借主は、自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり、弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのであって、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されるからであるとしています。
本件についてみると、本件弁済がされた当時、親子の間には本件各貸付けに係る各債務が存在し、借主は弁済を充当すべき債務を指定することなく本件弁済をしているのであり、本件弁済が本件債務2及び3の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情はうかがわれないと指摘。
そうすると、本件弁済は、本件債務2及び3の承認として消滅時効を中断する効力を有するというべきであると結論付けています。
裁判官全員一致の判断でした。
複数の借入がある、将来、消滅時効援用をするかも、と考えている人は、一部の返済をする際には、少なくとも「これは、貸付1についての返済です」と明記して証拠に残しておく必要がありますね。
貸主としては、そのように言われたら、この最高裁判決を思い出し、これは、貸付2,3について消滅時効の主張をされるかもしれぬ、と考え、時効管理、訴訟提起等のタイミングを意識する必要がありそうです。
過去の判例
本判決でも引用されている大判昭和13.6.25という判例があります。
こちらでは、特別な事情がない限り債務者はすべての債務の存在を承認したことになるとしていました。
ただ、この判例には反対する考えも強く、最近の下級審裁判例の中にも、法定充当される債務についてだけ時効が中断するというものも見られました。本件の原審なども、そのような判断をしています。
今回の判決は、過去の判例のとおりであることを改めて確認したものです。
時効障害の債務承認とは
かつては、時効の中断事由、いまは時効障害事由とされている承認とは何でしょうか。
定義としては、時効の利益を受ける当事者が、時効によって権利を失う者に対し、その権利の存在を認識している旨を表示することとされています。
返済や債務を認める確認書を作ったりする行為が含まれます。
このような承認で、なぜ時効が止まるのかというと、相手方が権利の存在を認識していると表示したことを信頼したときには権利行使を怠ったことにならないという点などがあげられます。
時効になる特段の事情
本判決では、特段の事情のない限りという限定がされています。
最高裁判決でよくある表現です。
今回のような事例では、複数の債務を認識していることが前提とされています。
この例外である「特段の事情」については、借主が一部の債務については、消滅したと考えていたような事情があるかと思います。これは、借主が立証しなければなりません。
今回のケースでは、貸主が相続人でしたが、借主自身が死亡して相続人が債務者となり一部債務を弁済したような事例では、全債務を認識していないこともありえますので、本判決の射程外との主張もありえます。
指定充当特約
銀行などの金融機関の融資では、指定充当特約がついているのが通常です。
銀行などの貸主が、一方的に充当指定できるというものです。
貸主に有利な条項として働きます。
この指定充当特約がある場合、借主は充当指定ができません。
充当を指定できないのだから、一部返済の場合に、充当されない他の債務の消滅時効がどうなるのか微妙なところです。今回の最高裁判決の理由付けからすれば、消滅時効は中断しないようにも思えます。ただ、文献等では、一部弁済でも、全債務についての時効障害となる可能性は否定できないとされています。
指定充当特約をつけるのが、通常は金融機関であることからすると、一部弁済でも明確に全債権の承認を取るなど、時効管理を金融機関側にさせた方が良いようにも感じます。
時効中断と更新
この事例は、民法改正前のものなので、時効中断という表現がされています。
現在は、更新と呼ばれるようになりました。
消滅時効期間がリセットされるという内容では同じものと考えて大丈夫です。
改正法が適用される時期かどうかによって、判決での表現は変わってきます。
今後も、昔の裁判例などをチェックする際には、中断という表現がされているので、同じものだと覚えておきましょう。
消滅時効と一部弁済まとめ
今回の事例では、複数の債務を負っていて、あいまいに一部弁済した場合に、債務承認になるのか問題となりました。
債務承認ということは、債務を認めたことになります。弁済しなかった債務についても認めたと評価して良いのかどうかの問題です。
判決の前提としては、充当指定ができるのにしなかったということから、借主が各債務の存在を認めるものと評価して良いという考えがあります。
借主としては、返済する際には、どの借金の返済なのか指定しておいた方が無難ということになりそうです。
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