財産開示手続は支払えば取り消されるか争われた裁判例を弁護士が解説

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FAQ(よくある質問)

 

Q.財産開示手続は支払えば取り消される?

民事執行法上の財産開示の手続が始まった後に、お金を払ったらこの手続を止められるのか問題になったケースがあります。

民事裁判と民事執行が別に分けられているのはなぜか考えるきっかけにもなりますので、裁判例を紹介します。

この記事は、

  • 債権回収を考えている
  • 財産開示の手続をされた人

に役立つ内容です。

著者 弁護士石井琢磨

 弁護士石井琢磨
 更新:2023.4.14

 

財産開示と最高裁までの流れ

養育費支払いに関する公正証書に基づいて、民事執行法上の財産開示手続きが始まり、実施が決まりました。
しかし、相手方が抗告。その後、未払いの養育費を支払いました。

高裁「請求債権が消滅しているから抗告できる」と解釈し、財産開示の実施決定を取り消し。

これに対し、最高裁「請求債権の存在は異議の訴えで判断されるべきで、執行裁判所が強制執行の手続きでそれを考慮することは予定されていない」と述べ、財産開示手続きでも同じだから、高裁の決定を破棄して差し戻し。

そして、債務者は、請求異議の訴えや執行停止の裁判で請求債権が存在しないか消滅していることを主張し、法律で定められた文書を提出して財産開示手続きの停止や取消しを求めることができるのだから、そちらでやるべきとのことです。

 

財産開示までの事件の概要

元妻と元夫は、2016年12月に養育費支払いに関する合意をし、公正証書を作成して離婚しました。元夫は子供の養育費を支払う義務があります。

しかし、養育費が未払いに。

2021年2月、元妻はこの公正証書を使おうと、執行文の付与を受け、元夫にその謄本が送られました。

2021年6月、元妻は子供の養育費に関する金銭債権(請求債権)を求め、財産開示手続きの申立。

地方裁判所は2021年7月に、元妻の申立てに理由があるとして、元夫に財産開示手続きの実施を決定しました。

その後、元夫はこの決定に対して抗告し、期限が来た請求債権(未払い養育費)について元妻に支払いました。

もう未払いはないから、財産開示の要件は満たさないと主張したのです。

養育費未払い

東京高裁は財産開示を否定

東京高等裁判所は、財産開示の決定を取り消しました。

本件請求債権については、原決定時点において確定期限が到来した分に未払いがあったものの、抗告人が原決定後に弁済をした結果、現時点において確定期限が到来した分に未払いはないと認められる。
そうすると、現時点において、強制執行により弁済を得ることができる請求債権が存在することの疎明はないから、知れている財産に対する強制執行を実施してもその「完全な弁済を得られないこと」の疎明もないといわざるを得ない。したがって、相手方の申立ては、法197条1項2号の要件を満たすものとはいえないから、理由がない。

元妻は不服申立。

元妻としては、養育費の未払いがあった以上、財産開示手続で情報を得ておきたいと考えるのが通常でしょう。

 

最高裁は別の手続をすべきと破棄

最高裁判所令和4年10月6日決定です。

原決定を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

との内容でした。

法には、実体上の事由に基づいて強制執行の不許を求めるための手続として、請求異議の訴えが設けられているところ、請求債権の存否は請求異議の訴えによって判断されるべきものであって、執行裁判所が強制執行の手続においてその存否を考慮することは予定されておらず、このことは、強制執行の準備として行われる財産開示手続においても異ならないというべきである。

そのため、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者から法197条1項2号に該当する事由があるとして財産開示手続の実施を求める申立てがあった場合には、執行裁判所は、請求債権の存否について考慮することなく、これが存するものとして当該事由の有無を判断すべきである。

そして、債務者は、請求異議の訴え又は請求異議の訴えに係る執行停止の裁判の手続において請求債権の不存在又は消滅を主張し、法39条1項1号、7号等に掲げる文書を執行裁判所に提出することにより、財産開示手続の停止又は取消しを求めることができるのであり(法203条において準用する法39条1項及び40条1項)、法203条が法35条を準用していないことは、上記事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することができる根拠となるものではない。

したがって、・・・財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないと解するのが相当である。

 

権利があるかと、強制執行は別機関で

民事の権利は、民事訴訟などの手続きで権利を判断する裁判機関と、その判断に基づく強制執行手続きで権利を実現する執行機関とが分離されています

権利があるかどうかの民事裁判と、差し押さえ・強制執行をする部署は違うのです。

なぜなら、強制執行手続きでは、効率的かつ迅速な手続きを進める必要があるからです。

そこで、いちいち請求権があるかどうかなどの実体上の事由を調査せずに、執行手続きが行われます。調査していると、差し押さえが速やかに進まないからです。

強制執行手続のなかで異議を出せる執行抗告でも、手続き上の違法性のみが対象とされます。そのため、執行抗告の理由になるのは、執行裁判所が裁判を行う際に調査・判断すべき事項の不備であり、原則として、原裁判を違法とする手続き上の問題に限られます。

つまり、強制執行手続きにおいて、債務名義に関する請求権の存在やこれが消滅したこと、執行対象財産の所属などの実体上の事由は、執行裁判所が調査・判断すべき事項ではないため、執行抗告の対象とらないのです。
例外として、執行開始の要件となる事由などの存否が考慮されることはあります。

実体法上存在しない請求権による不当な執行に対する救済方法としては、請求異議の訴え(法律35条)などの手続きがあります。

このように、違法な執行については執行抗告で、不当な執行については請求異議の訴えなどで救済を図るのだと、手続が分離しているのが法律の基本的な考え方です。

今回の最高裁の判断も、このように分離しているのだから、原則どおり、そちらで判断してもらえば良いというスタンスです。

 

財産開示も強制執行の一つ

財産開示手続きは、民事執行法で規定されている手続で、強制執行手続の一つといえます。

法律の制定経緯や、学説や裁判例でも、強制執行手続と違い、弁済による請求権の消滅で執行抗告ができるという発想はありませんでした。

つまり、他の強制執行手続と同じ性質だといえます。


財産開示手続きの申立人を「執行力のある債務名義の正本を持つ金銭債権者」と定めています。

誰でもできるわけではなく、判決等の権利の存在を示す書類が必要なのです。

このような仕組みから考えると、他の強制執行と同じく、財産開示手続きの実施で、請求債権の存在を執行裁判所が調査・判断する必要はないといえます。

ここで権利の有無を判断していては、手続が分離している趣旨に反するといえます。

結局、財産開示手続きにおいても、請求債権の存在について不服がある場合なら、請求異議の訴えや執行停止の裁判手続などで争うことが想定されているといえるでしょう。

今回の最高裁は、これを改めて確認したものといえます。

 

元夫としては、未払いの養育費はすべて払ったのに、なぜ財産開示をしなければならんのだ、と感じるかもしれませんが、それは別手続でしましょうという判断でした。

 

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