FAQよくある質問
FAQ(よくある質問)
Q.民事事件で正当防衛になる?
他人に暴行などにより怪我をさせた場合に、正当防衛の主張をしたいという相談があります。
正当防衛が認められれば、賠償義務は負わなくてよくなる可能性が高いのですが、簡単ではありません。
今回は、民事事件での正当防衛の取り扱いについて解説します。
この記事は、
- 民事で正当防衛の主張をしたい人
- 喧嘩で相手にケガをさせてしまった人
に役立つ内容です。
民事事件での正当防衛
正当防衛という言葉が使われるのは刑事事件のことが多いです。刑事事件で正当防衛が認められれば、犯罪行為の違法性がなくなり有罪にはならなくなります。
民事事件でも、正当防衛が問題になることがあります。
民事で正当防衛が問題になるのは、損害賠償請求の場面です。
暴行など違法行為により損害を受けたとして、損害賠償請求をされた際、反論として暴行行為は正当防衛だったと主張するものです。
正当防衛の要件として、自己や他者の利益を守るための行為が「やむを得ない」と判断される必要性と相当性が求められます。また、この行為には防衛の意図が含まれている必要があります。これらの要件を満たすと、不法行為による責任はなくなります。
正当防衛と加害行為の違法性
民事の正当防衛では、「加害行為の違法性」の必要性について議論されています。これには必要とする見解と不要とする見解が存在します。ただし、実際の運用では「違法性不要」とするケースが一般的です。
「加害行為の違法性」の有無が、正当防衛の成立に影響を与えることもあります。例えば、責任能力の有無によって、正当防衛が成立するかどうかが変わります。通常、民法上の責任能力は約12歳前後とされており、それ以下の場合は「責任能力なし」と見なされます。違法性不要であれば、責任能力がない行為に対しても正当防衛が成立しうることになります。
正当防衛の必要性と相当性
正当防衛の要件として、「必要性」と「相当性」が重要です。
これは、他に適当な手段がない場合や、防衛する法益と行為による結果の均衡が取れているかどうかに基づきます。これらが満たされない場合、正当防衛は成立しません。
正当防衛と防衛の意思
正当防衛を主張するには、防衛のための意思が必要です。
加害目的で行った場合には、正当防衛は成立しません。
自招危難と正当防衛
正当防衛が成立しない別のケースとして、被害者自身が原因を作った場合があります。挑発などにより危難を招いた場合、正当防衛は成立しません。
緊急避難の適用
正当防衛と関連して、刑事でも問題になる緊急避難という問題もあります。
他人の物から生じる危険を避けるためにその物を損傷した場合、例えば放し飼いのペットからの攻撃を避けるためにペットを叩いて追い払う場合や、崩壊の危険がある建造物の一部を除去する場合など、緊急避難の要件を満たしていれば、この行為は不法行為とは見なされません。
民事の正当防衛に関する裁判例
民事の損害賠償請求事件で、正当防衛の主張がされた際、これが認められ、賠償義務を負わなくて良くなっているかどうかは判断にばらつきがあります。
ただ、裁判例を調べると、正当防衛が立証できて賠償義務が全くなくなっている事案よりは、これが否定されたり、過剰防衛により一定割合の減額をした上で賠償義務を負うとする判断の方が多い印象を受けます。
正当防衛が認められた事例として、暴行を受けた被害者が反撃した事案もありますが、反撃の程度が加害行為を超えていたり、反撃によって重大な結果を招いた場合などは否定されています。
いくつか裁判例を紹介します。
カッとなった暴行では正当防衛否定
東京地方裁判所令和4年11月18日判決です。
事案の発生場所: 東京都足立区内の飲食店
当事者: 原告と被告は同じ飲食店の従業員
トラブルの発端: 原告が被告にシャンパングラス内のシャンパンをかけたことから発生。原告のシャンパングラスが手から離れ、被告の額に当たり、額から出血し、これに逆上した被告が、右手で原告の髪の毛を鷲掴みにするとともに、左手で原告の腕をつかみ、両足で原告の腹部や太ももを十数回蹴る暴行を加えた
裁判所の判断
正当防衛の成否: 被告の暴行は正当防衛とは認められない。原告の行動が契機であったが、原告に更なる攻撃の危険性は具体的には認められない。本件暴行は、被告の「権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした」ものであるということはできないとして正当防衛を否定。
慰謝料額:暴行の程度は相当に激しいものであったことが推認され、暴行を受けていた時間も短時間であったとはいい難いことに鑑みれば、原告は、本件暴行を受けたことに対して恐怖心を抱くなど精神的苦痛を被ったことは想像に難くなく、その慰謝料額としては30万円が相当
過失相殺の有無: 被告の行為について過剰防衛が成立するとは認められず、過失相殺は適当ではない。
判決結果:慰謝料30万円と弁護士費用3万円の合計33万円の支払を命じる。
1対複数のケンカで正当防衛を否定
東京地方裁判所令和4年7月5日判決
原告及び被告らの地元の祭に関する町会グループでのトラブルがあった。
傍にいた被告Y2がその手拳で原告の右頬を殴打し、原告、被告らの4名はもみあいとなって傍にあったバイクが倒れた。
原告は、被告Y1に対して「1対1でやりましょうよ」と述べ、被告Y2の顔面付近を手拳で殴ろうとして顔をかすめた。被告Y1は原告を殴り、原告も被告Y1の顔面を殴打して被告Y1が崩れ落ちるなどし、再度双方のもみあいが始まった。
上記もみあいの途中までは、被告らにおいて原告を殴打や膝蹴りをするなどし、原告が反撃するなどして喧嘩の様相を呈していたが、終盤には原告が路上に倒れた状態で被告ら及び途中で臨場した人物がこもごも原告を殴る蹴るなどの状態となった。
最初に手を出したのは被告Y2であり、後半は概ね被告らによる一方的な暴行であったものの、その途中においては双方が互いに暴行しあっていた(喧嘩)とみるほかないと認定。
原告は、正当防衛である旨も主張しているが、原告には積極的加害意思があったといえるから、違法性を阻却しないとして正当防衛を否定。
反訴が起こされたこともあり、お互いの損害賠償請求を認める内容となっています。
相手の暴行を立証できないと正当防衛は否定。
東京地方裁判所令和4年5月13日判決です。
暴行の態様:被告(77歳)が、原告(72歳)をデイサービス施設で両手で押し倒し、原告が転倒。
正当防衛の成否:裁判所は、被告の正当防衛の主張を認めず。
過失相殺も否定。
原告は、暴行により腰部打撲、両膝関節捻挫の傷害を負ったと認定。
原告の請求は一部認容され、被告は原告に45万円及び遅延損害金を支払う義務があるとの判決。
正当防衛が否定されたのは、相手の暴行を立証できなかったからです。
原告は、本件暴行につき不法行為が成立すると主張し、他方、被告は、本件暴行に関して正当防衛が成立する又は過失相殺がされるべきと主張。
被告は、Dに対して強い口調でクレームを言っている原告に対して「楽しくデイサービスを受けましょうよ。」という趣旨の声掛けをしたところ、原告が怒りの矛先を被告に変え、被告の目の前まで近寄ってきたため、原告から暴力を振るわれるのではないかと思い、原告との距離を取るため、原告の腹部から胸部辺りを被告の両手で押したところ、原告が後方によろめき、尻餅をついた旨主張。
本件暴行については目撃者が少なからずいるものと認められる中で、本件暴行の経過及び態様に関し、被告の供述等を裏付ける目撃者の供述等は提出されていないと指摘。また、被告につき、本件暴行に係る暴行被疑事件の捜査において実施された実況見分調書においても、被告が陳述、供述しているような本件暴行の経過等は明らかにされておらず、その他本件全証拠によっても、被告の供述等を裏付ける証拠は見当たらないとして、相手の暴行の立証ができていないとしています。
なお、被告は、両手で原告を押した部位として、当初は、原告の腹部から胸部辺りを押した旨主張していたところ、原告の胸部辺りを押した旨陳述し、さらにその後、原告の肩の辺りを押した旨供述するに至っており、その供述等の内容に若干の変遷が見られる点も指摘。
上記各事情に鑑みると、被告の供述等が信用するに足りるものであるとまで評価することは困難であるといわざるを得ないと指摘。
本件暴行に至る経過及びその暴行の具体的な態様については、原告の供述等と被告の供述等とで合致している範囲において、被告が、原告に対し、原告の肩の辺りを両手で押すようにして突き飛ばし、これにより原告は後方によろめき、尻餅をついて転倒したとする限度で認定するほかないものと考えるとしています。
正当防衛の主張については、根拠となる暴行が証明できていないため否定されています。
過失相殺の主張もしていますが、暴行立証ができていない以上、本件暴行に関して原告の落ち度として検討し得るのは、原告がDに対して強い口調でクレームを言っていたことだけとなるが、かかる事情は、本件において被告が原告に対して本件暴行に及んだことを何ら正当化するものではなく、また、被告との関係で原告の落ち度と評価することが相当であるとはいえないとして、こちらも排斥しています。
刑事事件もあり正当防衛否定
東京地方裁判所令和3年12月17日判決です。
暴行の発生:原告が被告から暴行を受け、傷害を負い、後遺障害が残ったと主張。
東京都江戸川区の公園デイキャンプ場出入口前歩道上で発生。
原告の受けた傷害: 原告は、左眼の眼球打撲症、腰部挫創、臀部挫傷、両膝靱帯損傷、頚部捻挫、右下腿部挫創、右肩挫傷、両肘挫創、右大腿部挫創の傷害を負いました。
正当防衛の否定: 裁判所は、被告の行為が正当防衛にあたらないと判断。
過失相殺の不認定: 原告と被告の間で過失相殺が認められる事情もないとされました。
損害賠償額について治療費、通院交通費、慰謝料60万円等の合計68万2690円及び遅延損害金を支払うよう命じました。
休業損害と後遺症慰謝料については否定しています。
被告は,本件事件当日,本件現場付近の公園で仲間とバーベキューをし,その際,焼酎のお茶割りを20杯ないし30杯ほど飲み,本件現場付近の歩道上で寝てしまった。
原告らは,路上で寝ている被告を発見し,被告の仲間に知らせるなどしたところ,同人がタクシーを呼び,被告と一緒にタクシーに乗って帰ろうとした。
被告は,タクシーに乗った後,原告らのグループに対する怒りが収まらず,運転手に本件現場に戻るように指示して本件現場付近へと戻り,タクシーを降りた。
被告は,原告らに対し,「地元どこだ,お前ら誰だ。」などと言い,原告の仲間に対し,その首を掴んで,手で数発殴る暴行。原告は,止めに入り,被告の肩に触れたところ,被告は,原告の胸ぐらをつかみ,本件現場近くの植え込みに向かって投げ飛ばした。
被告は,仰向けに転倒した原告に近づき,馬乗りになって3発程度殴り,さらに,「このままお前の目を潰してやるよ」と言い,右手の親指で原告の左眼を押さえつけた。
その後,被告は,原告をヘッドロックをかけるようにして投げ飛ばした。
被告は、原告の胸ぐらをつかんでその場に転倒させた上で、原告に馬乗りになってその眼付近を殴るなどの暴行を加えた等の公訴事実について起訴され、罰金30万円に処する旨の略式命令を受け同額を納付。
事件の経過において、原告が、被告の行為に先立って被告に攻撃を行った事実も被告に対して挑発や過剰な反撃を行ったような事実も認められないことに照らせば、被告の行為が正当防衛などという余地はなく、原告の損害につき過失相殺が相当というべき事情があるとも認められないと認定。
被告の主張は、それ自体信用し難いとしました。
東京地方裁判所令和3年7月14日判決です
暴行の状況:一審原告と一審被告は電車内で口論となり、一審被告が一審原告を殴打。
虚偽の被害届: 一審被告が警察に虚偽の被害届を提出したと一審原告が主張。被告からは反訴もされています。
正当防衛の成否:一審被告の暴行は正当防衛に該当せず。
過失相殺:一審原告にも一審被告にもそれぞれ一定の落ち度が認められるとしました。
それぞれ慰謝料3万円を支払うよう命じています。
原審は,本件本訴及び本件反訴をいずれも棄却し、当事者双方が控訴した事件です。
一審原告はホーム上で、携帯電話で通話をしていたところ、電車が到着したため通話したまま乗車。
一審被告は、電車内での通話に立腹し一審原告に対し「うるせーな。」などと大声で怒鳴った。
一審被告は、一審原告の右胸付近を右手拳で一度殴打。
本件発言を受けて,一審原告は,電話を切り,なんだよお前などと言いながら一審被告の方へ向かっていった。
これを見て,一審被告も,一審原告の方へ向かおうとしたものの,同じ車両にいた女性の乗客から,服の裾を引っ張られるとともに「やめなよ。」などとたしなめられたため,一旦,足を止めた。
しかしながら,一審原告が,なおも一審被告の方へ向かっていったため,一審被告は,同乗客の制止を振り切り,7人掛けのロングシートの真ん中辺りの位置で一審原告と対面。
一審被告は,一審原告に対し,「Iで降りろ。」などと述べたが,一審原告は,これを拒否し,何なんだよなどと言いながら,一審被告の胸付近を3回,小突いた。
これに立腹した一審被告は,手を出すななどと言いながら,一審原告に対し,本件暴行を加えた。
本件暴行を受け,一審原告は,自身の胸部を押さえながら「心臓が痛い。」などと述べた。その際,一審原告及び一審被告の側にいた乗客のうちの誰かが,右胸を殴られた一審原告に対し,「心臓は左だぞ。」などと述べた。
信用できる本件各目撃者の供述で膀胱を認定しています。
胸付近を3回小突くという暴行を認定。
しかしながら,一審被告は,かかる暴行について,よけられる程度のものであり,力一杯殴られたわけではないことを認識していたと認められると指摘。そうであれば,一審被告が,一審原告に対し,本件暴行を加えたことが,防衛のためにやむを得ずしたものとは認められないから,正当防衛は成立しないと判断しています。
東京地方裁判所令和3年1月26日判決
原告は、交際していた被告から暴行を受け、尾骨骨折等の傷害を負った。
原告は、被告に対し約960万円の損害賠償を請求。
暴行の態様: 被告は原告の両手首を掴み、ベッドに押さえつけ、首を掴んで台所のシンクに押さえつけ、玄関の外に引っ張り出した。
被告の行為は正当防衛にはあたらないとしました。
ただし、原告にも暴行を誘発した過失があるため、過失割合は2割と判断。
最終的な賠償金は約45万円と判断しています。
被告は、傷害罪で略式起訴され罰金30万円の略式命令を受けていました。
被告は,原告から帰宅前に「晩ご飯を作って待っている」旨の連絡を受けていたが,早く就寝したかったため,外で夕食を済ませた上で帰宅し,すぐに入浴をしてロフトに上って就寝。
原告は,原告が用意した夕食を食べずに就寝した被告を起こそうと,ロフトに上って被告を掴んだり引っ張ったりしたところ,被告は,それまでの原告との生活で溜まったストレスが限界に達し,原告の両手首を掴み,ベッドに押さえ付けた。
その後,冷静になった被告は,一緒に喫煙をしようと原告を誘ってロフトを降り,台所で喫煙していたところ,怒りの収まらない原告が被告の胸倉を掴んでくるなどしてきたため,感情的になり,右手で原告の首を掴んで台所のシンクに押さえ付けた。
被告は,原告に被告宅から出て行ってほしかったため,抵抗する原告を玄関まで引っ張って行き,玄関ドアを開け,原告の上半身を掴んで外に引っ張り出した。その結果,原告は,玄関の外で尻餅をつくような形で転倒
被告本人は,暴行に至る経緯として、原告が被告の上半身を数回殴打した旨供述。
しかしながら,被告本人が記憶どおりに供述することができた旨自認する本件刑事事件に係る供述調書にそのような記載はなく、被告本人による合理的な説明もないとして排斥。
正当防衛は否定されています。
一連の本件暴行の中で原告が被告の胸倉を掴むなどの行為に及んだことは認められるものの,これに対し,被告は,原告の首を掴んで台所のシンクに押さえ付けており,本件全証拠によっても,原告が被告に対してその後も何らかの有形力の行使に及ぼうとしていたことなどをうかがわせる事情はないと指摘。
また,被告の主張を前提としても,被告としては,自身が一時的に被告宅から退去するなど,原告に対する暴行以外の方法によって原告の暴行ないしその危険を避けることは容易であったと認めるのが相当。
そうすると,本件暴行は,原告の不法行為に対し自己の権利又は法律上保護される利益を防衛するためやむを得ずにした行為であるとは認められないから,正当防衛が成立する余地はないとしました。
原告が被告の胸倉を掴むなどしたことがその一因となっていると認めるのが相当であるから,上記各暴行による損害の発生については,これを誘発した原告にも過失があるというべきであり,原告の上記誘発行為の後に主たる傷害結果(尾骨骨折)の原因となる暴行がなされたことなどを併せ考慮すれば,その過失割合は2割を下らないと認めるのが相当として、過失相殺をしました。
民事の正当防衛の裁判例ポイント
上記のように最近の事案をみるに、暴行による損害賠償請求事件で、加害者から正当防衛であったとの主張は、かなり否定されてしまっています。
まず、被害者による暴行があったと認められていない事案も多いです。目撃者がいるような事件では、証言も必要になるでしょう。また、刑事事件になっている場合には、そこでしっかり主張しておくべきといえます。
暴行の立証ができたとしても、他に方法がなかったのか、と問われます。
正当防衛の主張をする場合でも、この問いに適切に答えられない場合には、過剰防衛、過失相殺による減額を受けての一部賠償というあたりが現実的な結論になることも多いといえるでしょう。
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