成年後見の鑑定の必要性について判断が分かれた裁判例を解説

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FAQ(よくある質問)

 

Q.成年後見人の鑑定は必要?

成年後見人のため、鑑定をしなくてよいか問題になった裁判例があります

東京高等裁判所令和5年11月24日決定です。

この記事は、

  • 成年後見の申立をしたい人
  • 兄弟姉妹が親を囲い込んでいる人

に役立つ内容です。

著者 弁護士石井琢磨

 弁護士石井琢磨
 更新:2024.9.17

 

成年後見の鑑定裁判例

この事案は、長女が、自分の母親について後見開始の審判を申し立てたものです。

家庭裁判所では、母親である本人に対し、後見開始の審判を下しました。

本人の精神的状態を示す医師の診断書と、本人の言動を根拠に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」と判断し、さらに「鑑定の必要がない」として後見開始の審判を下しました。

しかし、抗告審では、この判断に対して疑問を呈しました。

本人に一定の意思能力が残っている可能性が示唆され、診断書や調査結果からは「鑑定の必要がない」と明確に判断できないとしたのです。また、本人が鑑定を強く拒否しており、抗告審でも鑑定実施が難しいとされたため、最終的に原審の決定を取り消し、申立てを却下しました。

どのような事情であったのか、詳しく見ていきましょう。

 

任意後見契約をしていた

東京高等裁判所令和5年11月24日決定です。

原審判を取り消す。
本件申立てを却下する。
との判断をしています。

高等裁判所は、次のような事実を認定しています。

抗告人(母)は、令和3年7月21日、原審申立人の手続代理人でもあるF弁護士との間で、抗告人を委任者、F弁護士を受任者として、

①抗告人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を委任する契約、

②任意後見契約及び③死後事務委任契約を締結し、■■公証役場の公証人は、同日、抗告人及びF弁護士による嘱託により、その詳細を記載した公正証書を作成した。

 

抗告人は、令和3年8月23日、F弁護士に対し、内容証明郵便で、F弁護士との契約を解除する旨の意思表示をし、同郵便は同月30日、F弁護士に配達された。

抗告人は、令和3年12月20日、Eとの間で、抗告人を委任者、Eを受任者として、

①抗告人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を委任する契約及び

②任意後見契約を締結し、■■法務局の公証人は、同日、抗告人及びEによる嘱託により、その詳細を記載した公正証書を作成し、同月22日、上記任意後見契約についての登記がされた。

 

医療関係の証拠

原審申立人は、令和4年5月9日、甲府家庭裁判所都留支部に対し、本件申立てをした。

本件申立てに係る申立書に添付されたG医師作成の令和4年2月8日付け診断書には、

①診断名は脳血管性認知症であり、

所見として「易怒性が目立ち大声を出すことが続き、「泥棒がいる」「金を盗られた」といった幻覚もあり、短期記憶障害、昼夜逆転と認知機能の低下が目立つ。」等の記載があり、

長谷川式認知症スケールの結果は11点(令和4年2月2日実施)であり、

③「回復する可能性は低い」にチェック印が付され、

④「判断能力についての意見」として、「支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。」にチェック印が付され、

⑤「判定の根拠」として、(ア)見当識の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も軽度の「まれに障害がみられる」に、(イ)他人との意思疎通の障害の有無については、「あり」として、3段階中2番目の「意思疎通ができないときが多い」に、(ウ)理解力・判断力の障害の有無について、「あり」として、3段階中2番目の「程度は重い」に、(エ)記憶力の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も重い「顕著」にそれぞれチェック印が付され、具体的エピソードとして、(ア)については、「月の認識はあるが、年号、日の認識は無い。家に居ることや、家の構造の理解は出来ている。」、(イ)については、「その場の受け答えは行えるが、周囲への配慮は出来ず、欲求のままに行動する。機嫌が悪ければ攻撃となり人と交わらない。」、(ウ)については、「簡単な日常会話の理解は出来るが、日々の生活を振り返ると、断片的な話ししか出来ない。真冬でも暖房もなく、裸足で下着のみの格好で椅子に座っている。」、(エ)については、「直前に示した物を覚えていない。数分前の話を覚えていない。」。その他として、「「泥棒がいる」といった幻覚があり、被害妄想で周囲に攻撃的になることもある。」、参考となる事項として、「単純な作業は、作業スピードが遅いがこなすことが出来る。偏った思考で、こだわりが強く、指示通りに作業を進めることが出来ないこともある。」などと記載されている。

 

後見人鑑定の経緯

原審は、令和4年9月28日、抗告人について精神の状況に関する鑑定を行う旨の決定をしたが、抗告人は、同年10月11日、年齢相応のものはともかくとして、自らは至って健康であり、鑑定など全く不要であること、原審申立人に対して強い不信感を抱いていること、身の回りのことや財産の管理等については、Eに任せたいと考えているので、裁判所は抗告人の考えを尊重してほしいこと等を記載した陳述書を提出し、鑑定を受けることを拒否

 

調査官面接での内容

甲府家庭裁判所都留支部の家庭裁判所調査官は、令和5年3月13日、抗告人が入所する特別養護老人ホームにおいて、抗告人について調査面接を行った。

その際、抗告人は、家裁調査官に対し、自らの氏名及び生年月日を正確に答えることができたほか、自宅が近くにあること、当面は老人ホームで生活することになっていること、財産をEに渡したいこと、Eが全て考えてやってくれるから安心であること、Eのことは信頼しているし、面会にもよく来てくれること、原審申立人には既に取り分となる財産を渡していること、原審申立人は面会にも来ないこと、鑑定についてはこれまで頼まれたことはなく、裁判所から鑑定を依頼した場合は応じることなどを述べた。

家裁調査官による調査面接は、約1時間行われ、抗告人は、上記のとおり、家裁調査官に対してある程度の受け答えをすることができたが、質問と答えがかみ合わないこともしばしばあり、時折脈絡なく、「原審申立人が自らの取り分以上に財産を欲しがっている。」、「役場の人が来て話をしたが、それきり来ない。」といった趣旨のことを答えることがあった。

 

高等裁判所は鑑定必要と判断

家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族等による請求があった場合、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について後見開始の審判をすることができるが(民法7条)、審判に当たっては、原則として、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければならず、明らかにその必要がないと認めるときを除き、鑑定を実施することなしに後見開始の審判をすることができない(家事事件手続法119条1項)。

そこで、抗告人の精神の状況に係る鑑定につき、「明らかにその必要がないと認め」られるかについて検討するに、・・・

確かに、本件診断書には、①診断名は脳血管性認知症であり、所見として「易怒性が目立ち大声を出すことが続き、「泥棒がいる」「金を盗られた」といった幻覚もあり、短期記憶障害、昼夜逆転と認知機能の低下が目立つ。」等の記載があり、②長谷川式認知症スケールの結果は11点(令和4年2月2日実施)であり、③「回復する可能性は低い」にチェック印が付され、④「判断能力についての意見」として、「支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない。」にチェック印が付され、⑤「判定の根拠」として、記憶力の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も重い「顕著」にチェックインが付されていること等が認められるが、

その一方で、本件診断書には、(ア)見当識の障害の有無については、「あり」として、3段階中最も軽度の「まれに障害がみられる」に、(イ)他人との意思疎通の障害の有無については、「あり」として、2段階中2番目の「意思疎通ができないときが多い」に、(ウ)理解力・判断力の障害の有無について、「あり」として、3段階中2番目の「程度は重い」にそれぞれチェック印が付され、(エ)具体的エピソードとしても、「月の認識はある」、「家に居ることや、家の構造の理解は出来ている」、「その場の受け答えは行える」、「簡単な日常会話の理解は出来る」、「単純な作業は、作業スピードが遅いがこなすことが出来る」など、抗告人には一定の意思能力があることを窺わせる記載もあることが認められる。

また、令和5年3月に実施された調査面接時における抗告人の言動は、質問と答えがかみ合わないことがしばしばあり、時折脈絡なく質問の意図と異なる趣旨の回答をすることもあったものの、自らの氏名及び生年月日を正確に答えることができたほか、自宅が近くにあること、当面は老人ホームで生活することになっていること、財産をEに渡したいこと、Eが全て考えてやってくれるから安心であること、Eのことは信頼しているし、面会にもよく来てくれること、原審申立人には既に取り分となる財産を渡していること、原審申立人は面会にも来ないことなど、ある程度筋の通った受け答えをすることも可能な状態であったことが認められる。

以上によれば、抗告人については、限定的ではあるものの一定程度の意思能力がある可能性があり、少なくとも、鑑定の必要がない程に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」(民法7条)に当たることが明らかであるとは認められない。

しかるに、原審は、本人の精神の状況について鑑定をしないまま、本人について後見開始の審判をしており、家事事件手続法119条1項に違反するというほかはない。

 

この場合、家事事件手続法上必要な手続を履践していないことを理由に本件を原審に差し戻すことも考えられるが、抗告人は、①原審において、自らは至って健康であり鑑定は全く不要である旨の陳述書を提出し、鑑定を受けることを強く拒否したこと、②その後、家裁調査官による調査面接では鑑定に応じる旨述べたものの、結局鑑定には応じなかったこと、③当審においても、鑑定に応じる意向を示さず、別紙即時抗告理由書においても、本件を原審に差し戻すのではなく、原審判を取り消して本件申立てを却下するよう強く求めていることが認められ、これらの事情に鑑みると、本件を原審に差し戻しても、抗告人について鑑定を実施することは困難であると考えられる。

以上によれば、本件を原審に差し戻すのは相当でなく、本件申立てを却下するのが相当であると結論付けています。

 

家庭裁判所が後見人を選任した経緯

高裁では否定されていますが、家庭裁判所では後見開始と判断したのはなぜでしょうか。

経緯について、怪しいと裁判官が考えたようです。

「すなわち、本人は、Eとの任意後見契約よりも本人の利益保護に資する内容となっていたF弁護士との委任契約等を解除してEとの任意後見契約を締結しており、本件記録を精査しても、このような本人の意思決定に合理的な理由があったとは認められない。」

「後見開始の審判の必要性について
(1)本人についてEとの任意後見契約が登記されているため、後見開始の審判をすることが「本人の利益のため特に必要がある」(任意後見契約に関する法律10条1項)と認められるかについて検討する。・・・

(3)Eとの任意後見契約について、いまだ任意後見監督人の選任申立てはなされていない。Eは、当裁判所からの照会に対し、本件診断書について、G医師が本人を診察しないで診断書を作成した可能性があるなどと回答しているが、前記のとおり、G医師が十分な診察を行わなかったとは考えにくく、本件診断書は信用できるものであり、任意後見監督人の選任申立てを行わないことにつき合理的な理由は見出せない。Eと申立人との間で、本人の療養看護や財産管理等について深刻な対立が生じていること等にも照らすと、Eが任意後見人としての適格性を備えているとはいい難く、公正中立な立場で本人の財産を適切に管理することができる専門職の成年後見人を選任する必要がある。」

わずかな間に任意後見契約を変更し、弁護士から子に管理を変更している点が不審に思われたものでしょう。

 

成年後見の鑑定

判決でも触れられているとおり、家事事件手続法119条1項では、後見開始の審判に際し、本人の精神の状況に関する鑑定が原則として必要であると規定されています。

例外として、「明らかに鑑定の必要がないと認められる場合」にのみ鑑定を省略できるとしています。

我々が成年後見人として選任される事案では、明らかに判断能力が低下した人が対象になっていることが多いからか、最近では、鑑定までしないケースが増えているのではないかという印象を持っていました。

 

しかし、後見開始は、本人の行為能力を大幅に制限する重大な決定であるため、慎重に行う必要があり、鑑定の実施がそのための重要な手続きとされています。

抗告審の判断では、本件診断書や本人の言動からは、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」と明確に認めることができず、鑑定が必要だとされました。

 

鑑定の必要性とその実施

成年後見人の選任において、鑑定が必要とされる場合でも、本人やその親族が鑑定に反対することがあります。

本件でも、本人は鑑定に強く反対し続け、鑑定実施が困難でした。

家庭裁判所は、このような場合、まず親族に協力を求め、理解を得て鑑定を進めるよう努めます。

しかし、本人や親族の協力が得られない場合、後見開始の要件を満たすことができず、申立てを却下するしかありません。

 

鑑定の重要性

高裁決定は、診断書や調査結果を詳細に検討し、本人が「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く」と判断できない場合、鑑定が不可欠であるという基本的な原則を確認しました。

さらに、鑑定が実施できない状況下での申立ての却下判断は、今後の実務においても参考になるものです。

この決定は、鑑定が精神状態の評価においていかに重要かを強調し、本人の意向がどのように考慮されるべきかについても明確に示しています。

後見開始の審判における慎重さが強調される一方で、鑑定が拒否される場合の対応策としても実務における指針となるでしょう。

実務として考えられる事案として、親の財産をめぐっての争いがあります。

親が生存しているものの認知症等が進み判断能力が微妙。子の一人が親を囲い込み、財産を消費。他の子(兄弟姉妹)がこれを止めたいという場合に、親に判断能力がないのだから成年後見人が選任されるべきだと主張することがあります。

しかし、このような場合、親本人が、同居している子を通じ鑑定に応じないという態度を示すことが予想されます。その結果、成年後見人も選任できず、親の財産が消費されていくという事態も。

死後に相続紛争の中で、預金口座からの出金などを指摘されるも、親の意思だと主張されてしまうと、なかなか覆しにくいです。同居している子としては、親の判断能力低下を証拠に残さないため、通院等にも消極的になることが予想されます。

親にとってもよくない環境といえるでしょう。

 

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