
FAQよくある質問
FAQ(よくある質問)
Q.収入増からの収入減で婚姻費用減額できる?
婚姻費用の分担額は、当事者の収入変動により変更される場合がありますが、単純な増減だけでなく複雑な精算が必要になることがあります。
東京高裁令和5年6月8日決定では、夫の収入が一時的に急増した後に減少したケースで、未払分と過払分が同時に発生する事態が生じました。
本事例では、通常の一括精算ではなく、将来の支払いに分割して上乗せする柔軟な調整方法が採用され、実務上の新たな指針が示されましたので解説しておきます。。
この記事は、
- 婚姻費用の変更を検討している別居中の夫婦
- 婚姻費用減額を求めたい夫
に役立つ内容です。
事案の背景:収入が増えた後に減った
この事案では、婚姻費用の分担額について、当初は夫に月11万円の支払いが命じられていました。
しかし、その後「収入が減ったから減額してほしい」と再度の審判を申し立てます。
ところが調べてみると、ある年(令和2年)に実際には1000万円を超える収入があったことが発覚。その前提が覆されたことで、裁判所も改めて判断をすることになります。
収入が多かった令和2年3月~12月の期間において、本来の負担額は月24万円が妥当と判断されました。
一方、令和3年以降は年金収入のみとなり、月7万円の負担が適正とされるようになります。
つまり、計算をすると、一定期間では「支払いが少なすぎ」、その後は「払いすぎ」ていたという事態が起きていたのです。
未払分と過払分の“差額精算”という工夫
通常、未払額があれば一括で支払うよう命じられることが多いですが、本件では「差額」の合計が比較的小さい14万円だったため、将来の支払いに加算する方法で調整が図られました。
具体的には、令和5年6月から同年12月までの7か月間、通常の月額7万円に2万円ずつを加算し、月額9万円の支払いとすることで、未払分を分割で精算しました。令和6年1月からは再び月7万円に戻されています。
この処理方法は、婚姻費用の過払分を将来分に「充当」するという考え方を応用したもので、過払いが生じた場合に支払いをゼロにするのではなく、「分割して調整」するという実務的な対応といえます。
「未払い」と「払いすぎ」が同時に発生!?
この事例の複雑なところは、夫の収入が年によって大きく変わったため、支払うべき婚姻費用の金額も大きく変わるという点です。
令和2年:実際の収入が想定より多かった → 本来払うべき額は月24万円だった
令和3年以降:年金のみで収入が減少 → 月7万円が適正額
結果、過去の支払い状況と比べてみると…
本来より130万円足りなかった(未払い)時期
逆に116万円払いすぎていた(過払い)時期があるという計算に。
この差額、14万円のズレが残るという状況に。
ポイントとなる3つの法的論点
この決定では、主に3つの論点について判断が示されました。
いつから婚姻費用の変更?
通常は変更請求をした時点を基準にしますが、本件では審判決定日の属する月(令和5年6月)からとしています。
変更請求前の事実(たとえば一時的収入)を考慮すべきか?
本件では前回決定で見逃されていた夫の高額収入を考慮し、その期間(令和2年3月〜12月)の分担額を増額しています。
一時的であっても現実に収入があったならば、それを無視するのは不公平。そうした事情も反映させました。
原審である横浜家庭裁判所小田原支部は請求時より前の事情を考慮する必要はないとの立場でしたが、東京高裁は、前件決定の審理終結日以降に生じた一時的な高収入という事情を考慮すべきであると判断した。
払いすぎ・足りなすぎがあったらどうするか?
今回のように「将来の支払いに分割して調整する」方法が有効であると示されました。
本来、過去の過払分については、不当利得として返還を求める民事訴訟による必要があります。将来の分担金や未払分とみなす場合であれば家事審判の中で清算が可能との見解もあります。また、未払分については、一括精算が原則になります。
これらの問題をあわせて解決しました。
一括精算ではなく、月々の支払いに上乗せして分割清算するという柔軟な対応がなされています。
婚姻費用実務でのポイント
この事例から、次のような教訓が得られます。
婚姻費用の額は、あくまで“現在の収入”だけでなく、過去の実績も踏まえて見直される可能性がある。
現在の収入が減ったとして、婚姻費用の減額を求めたとしても、前回の判断以降に、収入が大幅に増加していた場合には、これが考慮される可能性もある。
未払いや過払いがある場合、それを一括で処理するだけでなく、「分割で調整する」方法もある。
柔軟な清算手法は、実務上の納得感や支払い能力とのバランスを図るうえで非常に有効。
東京高等裁判所令和5年6月8日決定内容
横浜家庭裁判所小田原支部は、単純に婚姻費用の減額を認め月額6万円としました。
これに対し、妻が不服申立てをして東京高裁で判断されました。
主文としては、原審判の横浜家庭裁判所小田原支部の判断を取り消し、以前の婚姻費用決定を変更しました。
相手方は、抗告人に対し、令和5年6月から同年12月まで1か月当たり9万円を、令和6年1月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで1か月当たり7万円を、毎月末日限り、それぞれ支払えというものです。
これらの事情は、相手方の平成31年4月以降の事業収入(営業等所得)を平成30年度の事業収入465万2846円の6割程度(約280万円)とし、年金収入210万1429円を併せた収入(事業収入換算)を約490万円と推認した前件決定が前提としていなかった事情であり、令和2年分の現実の総収入(事業収入換算)の額は、前件決定における上記推認額の2倍を優に超えている。
以上の事実を前提とすれば、相手方の現在の総収入は、
令和3年分以降については、前記1(6)で認定した年金収入により算定するのが相当であるが、令和2年分の現実の総収入(事業収入換算)か約1228万円(1万円未満切捨て)であったことは、これが一時的収入であることに鑑み、後記のとおり、公平の観点から、婚姻費用分担額の減額変更の時期及び額において考慮することが相当である。
婚姻費用分担額の変更の始期は、一般的には、増額又は減額を求める調停を申し立てるなど、増額請求又は減額請求を行う夫婦の一方が他方に対しその意思を明確に表明した時とされることが多いが、
本件においては、前記のとおり、相手方が前件事件の審理終結日にCから806万0100円の振込送金を受けたこと、相手方はその後、同金員を取り崩して生活費や婚姻費用の支払に充ててきたこと、相手方は前件決定後である令和2年8月26日、持続化給付金として100万円を受給し、同年分の営業等所得を971万9707円と申告していたことが認められ、これらの事情は前件決定時にその前提とされていなかったというべきであるから、
このような事情がある本件における減額変更の時期及び額は、令和2年分の総収入が増額し、令和3年分以降の総収入が減額したと見た場合の婚姻費用分担額の変更の時期や清算見込み額等をも勘案した上、公平の観点から定めるのが相当である。
婚姻費用に関するQ&A
Q:婚姻費用の減額はどのような場合に認められますか?
A:婚姻費用の減額は、従前の婚姻費用分担に関する協議または審判がされた後、その基礎となった事情に変更が生じ、その内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った場合に認められます。
本件では、夫の収入が前件決定時と比べて減少したことが事情変更と認められました。
Q:婚姻費用の減額はいつから有効になりますか?
A:婚姻費用の減額の効力発生時期については、事情変更が生じた時、減額を請求した時、または裁判時(審判時)とする説などがあり、多数説は請求時とする説です。
ただし、個別の事情に応じて公平性を考慮して変更の時点をずらすことも合理的な裁量の範囲内で許容されると考えられています。
本件決定では、抗告審の決定日(令和5年6月8日)の属する月(令和5年6月)から分担額を変更しています。
Q:婚姻費用の算定にはどのような方法が用いられますか?
A:婚姻費用の算定には、「標準算定方式」またはそれを改良した「改定標準算定方式」が用いられるのが一般的です。
これは、義務者(支払い義務のある側)と権利者(受け取る側)双方の総収入から、税金、社会保険料、職業費、特別経費などを控除して基礎収入を算出し、その合計額を標準的な生活費指数で按分して婚姻費用分担額を算定するものです。
算定表は、これに基づいて作られています。
Q:本件で婚姻費用が減額された主な理由は?
A:本件では、夫が勤めていた会社を退職し、年金収入のみとなったことで、前件決定の前提となった収入状況から大幅に減少したことが、婚姻費用を減額すべき事情変更として認められました。
Q:本件における過去の収入変動は、婚姻費用の算定にどのように影響しましたか?
A:本件では、前件決定後に夫に一時的な多額の入金(退職慰労金等)があり、その後収入が減少したという状況でした。裁判所は、この一時的な収入増加も考慮した上で、公平の観点から、減額変更の時期を調整し、過去の未払分と過払分を通算した差額を将来の分担金に上乗せするという方法で、婚姻費用分担額を決定しました。
Q:相手方によるDVやモラハラ、婚姻費用の不払いといった有責行為は、婚姻費用の減額請求においてどのように考慮されますか?
A:婚姻費用分担義務は、自身の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる生活保持義務に基づくものであり、審判の基礎となった収入に変更が生じ、従前の審判の内容が実情に適合せず相当性を欠くに至った事実が認められる限り、事情変更に基づいて婚姻費用分担金の減額を求めることは原則として可能です。
したがって、相手方の有責行為があったとしても、それだけをもって直ちに婚姻費用減額請求が信義則違反または権利濫用にあたるとは断定できません。本件でも、抗告人の主張する相手方の有責行為は、直ちに本件申立てが信義則に違反しまたは権利濫用に当たると断じる理由とはならないと判断されています。
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