業務委託報酬の差押禁止範囲変更の裁判例について弁護士解説

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FAQ(よくある質問)

 

Q.業務委託報酬の差押禁止範囲は変更可能?

フリーランス報酬は「全額差押え」が原則──その前提を覆す判断が大阪地裁で示されました。

本決定は、契約形態にとらわれず働き方の“実態”を重視し、フリーランス報酬を給与と同視して差押え範囲を大幅に制限したものです。

本記事では、この判断が意味する保護の範囲、限界、そしてフリーランスが取るべき具体的な行動を分かりやすく解説します。

この記事は、

  • フリーランス・ギグワーカーとして働く個人
  • 業務報酬を差押えようとしている債権者

に役立つ内容です。

著者 弁護士石井琢磨

 弁護士石井琢磨
 更新:2025.12.8

 

フリーランスの報酬は「全額差押え」?

フリーランスやギグワーカーとして働く多くの人が、共通の不安を抱えています。

それは、万が一借金の返済が滞った場合、会社員と違ってクライアントから受け取る報酬の全額が差し押さえられてしまい、生活の糧を完全に失ってしまうのではないかという恐怖です。

この不安は、法律上の原則に基づいています。

法律では、会社員が受け取る「給与」は生活保障の観点から差押えが一部に制限されるのに対し、フリーランスが受け取る「業務委託報酬」はそのような保護の対象外とされ、原則として全額が差押え可能とされてきました。

 

給料差押

契約書の名称が「雇用」か「業務委託」かによって、万が一の際のセーフティネットに大きな差があったのです。

しかし、この長年の「常識」に一石を投じる画期的な判断が、大阪地方裁判所で下されました。

この決定は、伝統的な雇用の枠外で働く人々にとって、新たな希望の光となるかもしれません。

この記事では、この重要な裁判がフリーランスにとって何を意味するのか、その核心を3つのポイントに分けて分かりやすく解説します。

「業務委託報酬」を「給与」と同視

今回の裁判で最も注目すべきは、報酬を給料と同視した結論です(大阪地方裁判所、令和6年7月5日決定)。

通常、業務委託契約に基づく報酬は、民事執行法第152条が定める差押禁止の保護を受けられず、全額が差押えの対象となります。

今回の事案では、継続的な業務委託契約のもとで牛乳配達業務を行い、手取り月収が20万円を下回ることが多かった個人が、6ヶ月分の報酬全額を差し押さえられました。

この当事者間で同様の差押えが行われるのはこれが3回目であり、過去2回も同様に差押範囲を減額する決定がなされていました。

裁判所は今回もこれを覆す判断を下しました。

この報酬が「実質的に…『給与に係る債権』と同視することができる」と認定し、差押えが可能な範囲を給与と同じ水準(原則として月額の4分の1)まで大幅に減額したのです。

差押判決

 

契約書の名前より「働き方の実態」を重視

裁判所は、なぜ形式上「業務委託報酬」であるものを「給与」と同じと見なしたのでしょうか。

その理由は、契約書のタイトルではなく、個人の「働き方の実態」と経済状況を深く考慮した点にあります。この考え方は「給与同視型」と呼ばれています。

この「給与同視型」は、裁判所が用いる特定の判断枠組みであり、単に生活が苦しいと訴える「生活困窮型」の申立てとは区別されます。

ここでの目的は、貧困を証明すること以上に、その収入の「機能」が給与と完全に同一であることを立証することにあります。

今回の判断で、裁判所が特に重視した具体的な要素は以下の通りです。

• 継続的な業務委託契約に基づく収入であること: 単発の仕事ではなく、継続的な契約によって定期的に報酬を得ていた。
• その収入によって生計を維持していること: この報酬が生活の主たる、あるいは唯一の糧となっていた。
• 他に生計を維持するための収入・財産がないこと: 報酬が差し押さえられた場合、生活を維持する他の手段がない状況だった。

差押判決の理由

この判断が画期的なのは、裁判所が契約の形式的な分類を超えて、その報酬が労働者の生活にとっていかに不可欠であるかという「経済的な実態」を最優先した点です。これは、多様化する働き方において、労働者を実質的に保護しようとする司法の新しい姿勢を示唆しています。

当事者の事情

債権者は、貸金債権の管理回収業務を受託した債権回収会社でした。

継続的な業務委託契約に基づく報酬債権(6か月分)の全額を差し押さえたいと申立をしました。

債務者は、令和6年4月の業務日数は25日で、同月分の報酬は額面で22万円弱、手取り額は多くの月で20万円を下回っていました。

債務者はこの報酬によって生計を維持しており、他に生計を維持するための収入・財産はありません。

債権者(相手方)は、申立人が第三債務者に対して有する6か月分の報酬債権全額について差押命令を得ました。これに対し、申立人は生活困窮を理由に差押命令の取消しを申し立てたという事件です。

なお、同一当事者間での報酬債権の差押えは今回で3回目であり、過去2回も同様の差押範囲変更決定がなされていた経緯を踏まえ、本件では債権者に対する書面審尋は実施されなかったとのことです。

裁判所の決定

裁判所は以下の通り決定。

令和6年6月5日に発した債権差押命令の一部を取り消し、その差押えの範囲を「差押債権目録」記載の通り変更する。

申立人のその余の申立て(給与基準を超える範囲の取消し)を却下する。

変更後の差押範囲は、具体的には令和6年6月21日以降に支払期が到来する報酬について、「月額の4分の1(ただし、当該報酬債権が月額44万円を超えるときは、当該報酬債権から月額33万円を控除した金額)」とされました。

これは民事執行法が定める給与債権の差押可能範囲と実質的に同一です。

保護の「限界」と今後の課題

この決定は大きな一歩ですが、万能の解決策ではないことも理解しておく必要があります。

まず、裁判所は差押えを完全に取り消したわけではなく、あくまで給与と同等の法定限度額まで「減額」したに過ぎません。

申立人(債務者)はさらなる差押範囲の縮小を求めましたが、これは認められませんでした。

裁判所はその理由として、家計支出に含まれる「嗜好品代2万円」や「各種ローンの返済額4万円」を考慮して保護を拡大することはできないと指摘しました。

特に、ローンの返済を理由に差押えを減らすことは、結果的に他の債権者よりも特定のローン返済を優先させることになり、公平性を欠くと判断されたのです。

裁判所は、現状の経済的困難は「自助努力で対応すべき範囲内」であると結論付けました。この点は、保護には限界があることを示しています。

差押範囲の変更

とはいえ、この判例は、社会的な「雇用・勤務形態の多様化」という大きな流れの中で、法律が現実の働き方に追いつこうとする重要な動きです。伝統的な雇用関係にない人々をいかに法的に保護していくかという、現代社会が抱える課題に対する一つの答えを示したと言えるでしょう。

差押えられたら、行動は迅速に

この種の保護を求める上で、最も重要なことの一つは「時間」です。法律上、債権者が差し押さえた報酬を取り立てる権利(取立権)は、債務者(あなた)に差押命令が届いてから1週間が経過すると発生します。

つまり、差押命令を受け取ってから何もしないでいると、1週間後にはクライアントから債権者へ直接支払いが行われてしまう可能性があるのです。

そのため、もし報酬が差し押さえられた場合は、ためらわずに専門家に相談し、裁判所への差押範囲の変更申立てを迅速に行う必要があります。

なお、裁判所は、申立てを受けて支払一時禁止命令(民事執行法153条3項)を発令することを検討する必要があります。本件でも、申立ての翌日に「報酬債権月額の4分の3」について支払等を禁止する命令が迅速に発せられており、実質的な債務者保護が図られています。

業務委託報酬の差押

 

 

 

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