夫婦間の別居後の鍵の無断交換の裁判例について弁護士解説

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FAQ(よくある質問)

 

Q.夫婦間の鍵の無断交換は?

夫婦が別居し、一方が家を出た場合でも「家への立入り権」が自動的に失われるわけではありません。

東京高裁は、鍵の交換による一方的な締め出しを「占有侵奪」と判断し、別居後もローン返済や子の世話を行っていた夫の占有継続を認めました。

別居後に無断で鍵を変えて家に入れなくする行為はリスクが高いといえるでしょう。

この判決は、別居と住居利用の権利関係に重要な示唆を与えるものです。

この記事は、

  • 別居を検討している夫婦・離婚準備中の人
  • 鍵交換で家に入れてもらえなくなった人

に役立つ内容です。

著者 弁護士石井琢磨

 弁護士石井琢磨
 更新:2025.12.9

 

夫婦の別居と鍵の交換

夫婦が別々の道を歩むことを決め、一方が家を出て別居を開始する。

これは離婚を考える夫婦にとって、珍しくないシナリオです。

しかし、その時、残された家族の家に対する権利はどうなるのでしょうか?

特に、家を出た側は、その家に対する一切の権利を失ってしまうのでしょうか。

このありふれた疑問に対し、最近の東京高等裁判所の判決(令和6年5月15日)は、鍵の交換はNGとの判断をしました。

別居後に妻から家の鍵を交換されてしまった夫が、地方裁判所での敗訴から高等裁判所で逆転勝訴した裁判例を解説します。

「家を出た」だけでは「占有権」はなくならない。

夫(X)が家を出て妻(Y)と別居した後、妻は夫に無断で自宅マンションの鍵を交換しました。

夫は「占有の侵奪」にあたるとして占有回収の訴えを提起。

本件建物の引渡し。

従前の共同占有の状態への復帰。

占有侵奪による経済的損失として、月額15万円の損害賠償。

などを求めました。

裁判で妻は、「夫は家を出た時点で、その家の占有を放棄した(占有権を失った)」と主張。

つまり、夫にはもはや家に出入りする権利はない、という言い分です。

一見、家を出たのだから権利を放棄したと考えるのは自然に思えます。実際に第一審の地方裁判所も、この妻の主張を採用し、夫の訴えを退けました。

しかし、夫が控訴した結果、東京高等裁判所はこの判断を覆しました

高裁は、法律上の「占有権の喪失」には、①占有する意思(占有の意思)を放棄し、かつ、②物理的な支配(所持)を失う、という二つの厳格な要件が必要だと指摘。

そして、高裁は妻の主張を一つずつ検討し、夫のケースでは、そのどちらの要件も満たされていないと結論付けたのです。

最大のポイントは、単に家を出て別居するという事実だけでは、法的にその家へのアクセス権や利用権(占有権)が自動的になくなるわけではない、ということです。

占有喪失の抗弁

事案の概要

事案の概要をもう少し詳しくみていきましょう。

• 当事者: 夫(X・控訴人)、妻(Y・被控訴人)、未成年の長男(A)。

• 対象物件: 夫が住宅ローンを組んで購入した分譲マンション(本件建物)。夫婦と長男が居住。

• 経緯:

令和2年7月頃: 夫Xが本件建物を出て、妻Yと長男Aと別居を開始。

別居後の状況: 夫Xは別居後も本件建物の鍵を保有し続け、長男Aの世話のため、週に数回程度の頻度で本件建物を訪れていた。

事件発生: 令和4年1月末頃、妻Yが夫Xに無断で本件建物の鍵を交換。これにより夫Xは建物に立ち入れなくなったという経緯です。

鍵の無断交換の経緯

 

ローン返済と「残置物」

高裁が夫の占有権を認めた決め手は、感情論ではなく、極めて具体的な2種類の証拠でした。

まず、裁判所が夫の「占有の意思」を裏付けるものとして重視したのは、夫が4990万円の住宅ローンを組んでこの家を購入し、別居後も住宅ローンと管理費を支払い続けていたという事実です。判決では、これほど重大な金銭的負担を続ける人物が「家の占有の意思を放棄したとは考え難い」と断じられました。

次に「物理的な支配」を裏付けたのは、夫の生活の実態でした。

夫は鍵を交換されるまで元の鍵を持ち、息子の世話のため「おおむね週3回」、学童保育に迎えに行った後、息子が寝付くまで家に滞在し、さらに土曜日は「終日」家で息子と過ごすという、一貫した日常を送っていました。

そして何より決定的だったのが、夫が家に残していった大量の私物です。

裁判資料によると、冷蔵庫、テレビ、本棚、ベッド、マットレス、ゲーム機等の家電・家具類といった大型の品々に加え、本やDVDソフト等の小物類まで、生活の痕跡が色濃く残されていました。

これらの具体的な行動と物的証拠が、「家を出た」という事実を凌駕し、占有が継続していることの強力な証明となったのです。

 

判決は夫婦の共同占有状態に戻せと命令

高裁は夫の訴えを認めましたが、その命令内容は単に「新しい鍵を渡しなさい」という単純なものではありませんでした。

裁判所が妻に命じたのは、「従前の共同占有の状態への復帰」でした。

これは、鍵が交換される以前のように、夫と妻が共同で家を占有・利用できる状態に戻すことを法的に義務付けるものです。

妻は、夫が以前と同じように家へアクセスし、利用することを認めなければなりません。判決では、その具体的な実現方法として、以前と同様に夫に家の鍵を持たせることが示唆されています。

 

家の占有を奪われても「経済的損失」の賠償はゼロ

夫は、家から締め出された期間について、近隣の同等物件の家賃を参考に「1か月15万円の割合」での損害賠償を求めました。しかし、裁判所はこの請求を完全に退けました。

これは一見すると矛盾しているように思えます。しかし、日本の民法(200条1項)では、占有を奪われたことによる損害賠償を請求する場合、「具体的な経済的損失」が発生したことを原告自身が証明しなければなりません。

単に「家に入れなくなった」という事実だけでは、「家賃相当額の損害が自動的に発生した」とは認められないのです。

夫は、締め出されたことで具体的にどのような金銭的損害を被ったのかを証明できなかったため、この部分の請求は認められませんでした。

一方で「父子交流の妨害」には慰謝料

家の占有に関する金銭賠償はゼロでしたが、夫は別の理由で賠償金を勝ち取りました。

裁判所は、妻が鍵を交換した行為を、家の問題とは別に「父子交流の妨害」という観点から評価したのです。

判決は、妻が鍵を交換して夫を家に入れないようにした行為は、父親と子の「人格的交流」を故意に妨げた違法な行為(不法行為)にあたると判断しました。

裁判所は、ロックアウトを単なる財産上の争いではなく、親子関係を意図的に断絶させようとする行為と見なしたのです。

この「父子交流を妨げた」という不法行為に対し、裁判所は妻に損害賠償を命じました。

しかし、その金額は、夫の請求とは大きくかけ離れたものでした。

夫は精神的苦痛に対して慰謝料300万円、弁護士費用100万円を請求していましたが、裁判所が認めたのは合計22万円(慰謝料20万円、弁護士費用2万円)でした。

この判断は、家から締め出されたこと自体の「経済的価値」を証明するのは難しい一方で、それによって親子が引き離された「精神的苦痛」は、法的に保護されるというものでした。

裁判情報

第一審:東京地方裁判所(令和5年9月11日判決)

• 判断: 夫Xは、離婚目的で別居し、生活に必要な物品を運び出した時点で「本件建物の占有を放棄したもの」と認定。

• 結論: 夫Xには占有権がないため、占有侵奪は成立しないとして、その請求を全面的に棄却した。

 

控訴審:東京高等裁判所(令和6年5月15日判決)

• 判断: 第一審判決を覆し、夫Xの占有権を認めた。

• 結論:

◦ 妻Yに対し、本件建物を夫Xに引き渡し、共同占有させることを命じた。

◦ 損害賠償として、妻Yに対し合計22万円(慰謝料20万円+弁護士費用2万円)及び遅延損害金の支払いを命じた。

◦ その余の請求は棄却。

高等裁判所の判断部分

控訴人が令和2年7月頃の別居まで本件建物を占有していたこと自体は被控訴人も争っておらず、この点につき自白(権利自白)が成立している。

そのため、控訴人が別居に際して本件建物の占有を放棄した旨の被控訴人の主張は、占有権喪失の抗弁となり、被控訴人がその主張立証責任を負うことになる。

占有権は、占有者が占有の意思を放棄し、又は占有物の所持を失うことによって消滅する(民法203条本文)。

上記のとおり、被控訴人は、控訴人が令和2年7月頃の別居に際して本件建物の占有を放棄したとし、その根拠として控訴人には本件建物の占有の事実も意思も認められない旨主張しているのであって、これは、①控訴人が別居に際して本件建物の占有の意思を放棄した、②控訴人が別居により本件建物の所持を失った、との2点を主張しているものと解される。

(2)占有の意思の放棄について

ア 占有者による占有の意思の放棄は、単に占有者の内心において自己のためにする意思(民法180条)がなくなるだけでは十分でなく、自己のためにする意思を持たないことを積極的に表示することが必要であるものと解される。

イ 被控訴人は、控訴人が被控訴人に離婚を迫った上、「この家はいらない。妻と子供に渡して自分は出て行く。」と述べて別居を敢行し、別居後の居場所を被控訴人に秘匿したなどとして、控訴人は占有の意思を放棄した旨主張する。

しかし、控訴人は上記発言をした事実を否認しており、本件全証拠に照らしても、控訴人がこのような発言をした事実を認めるに足りない。そして、被控訴人に離婚を迫ったり、別居を敢行したり、別居後の居場所を秘匿したりしたとの事実のみで、控訴人が本件建物につき自己のために占有する意思を持たないことを積極的に表示したとまでみるのは困難である。

そもそも、本件建物は不動産であり、控訴人が4990万円もの住宅ローンを組んで購入したものである上、別居後も控訴人が住宅ローンの返済を続け、また管理費を支払い続けているのであって、このような控訴人が本件建物の占有の意思を放棄するというのはにわかに考え難い。

むしろ、控訴人は、別居後も本件建物の鍵を引き続き保有し、これを用いて本件建物に出入りしていたものであり、被控訴人がこれをとがめた様子もないのであって(かえって、控訴人が本件建物を訪れなかった日には、これをなじるようなLINEメッセージを送信している。)、控訴人は本件建物を引き続き占有・利用する意思を表示していたものというべきである。

(3)占有物の所持の喪失について

ア 被控訴人は、控訴人が別居により本件建物の所持を失った旨主張し、その根拠として、①控訴人が別居に際して私物のほぼ全てを本件建物から搬出しており、本件建物に控訴人の残置物はほとんどない、②別居後において、控訴人と被控訴人は、控訴人が本件建物を訪れる日時をその都度協議・確認し合っており、控訴人は飽くまでも被控訴人の事前の同意に基づいて本件建物に立ち入っていたのであって、自由な立入りが認められていたわけではなかった、③控訴人は別居後に住民票を移している上、被控訴人に対しては算定表による婚姻費用から住宅ローンの返済額を控除した金員を支払っているのであって、被控訴人による本件建物の単独占有を認めている旨主張する。

イ しかし、・・・控訴人は別居後も本件建物の鍵を引き続き保有し、これを用いて本件建物に出入りしていたものであって、この一事からしても、控訴人が占有物の所持を失ったとみるのは困難である。

そして、上記①については、確かに控訴人は別居に際して衣類、雑貨、寝具等の私物を本件建物から持ち出したものの、冷蔵庫、テレビ、本棚、ベッド、マットレス、ゲーム機等の家電・家具類を本件建物に残し、また本やDVDソフト等の小物類も本件建物に残していたのであって、控訴人は、これらの残置物を通じて、なお本件建物を利用・占有し続けていたものというべきである。

占有の事情

上記②については、控訴人は、令和2年9月18日のLINEメッセージでの合意により、週3回(火曜日、水曜日及び金曜日)長男を保育園に迎えに行って本件建物に連れて帰り、夕食の準備をするなどして滞在し、また土曜日は本件建物で終日過ごしていたものと認められるのであって、控訴人が本件建物を訪れる都度、その日時を被控訴人と協議・確認し合っていたような事実は認められず、両者間のLINEメッセージからも、訪問の都度協議・確認をしていたようにはうかがわれない。

 

所有権に基づく請求も

本件では夫Xが所有者でもあったため、判決は付言として、占有回収の訴えの他に「所有権に基づく妨害排除請求権」を行使することも可能であったと指摘しています。

鍵の交換で訴える場合、過去の裁判例では、所有物件であれば所有権に基づく請求の方が使われているようです。

占有回収の訴えという手法自体、あまり使わないので、この相談を受けたら所有権で進めるかな、と感じます。

別居と鍵の交換の問題は離婚前の夫婦問題でそれなりにある問題です。

少なくとも家を出たものの、夫が出入りしているような状態で鍵を交換し締め出す行為は問題とされる可能性が高くリスキーだといえるでしょう。

まして、夫が住宅ローンを払っている物件では、同様な判断がされる可能性も高そうです。

まあ、夫側の賃料相当額の請求もなかなかに難しそうな印象は受けています。面会交流の調停等も別にされていたようなので、その点も考慮しての請求のように感じます。

鍵の占有判例に関するマンガ

 

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