年金と自営収入がある場合の婚姻費用計算をした裁判例を弁護士が解説

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FAQ(よくある質問)

 

Q.年金と自営収入がある場合の婚姻費用計算は?

年金収入がある夫婦が別居した場合の婚姻費用計算では、お互いの収入をどう計算するのか問題になります。さらに、夫婦の一方に自営業の収入があるような場合、全体としての収入をどう認定するかも問題になります。

計算方法についてはいくつかの考えがありますが、東京高裁での一つの判断を紹介します。

年金収入を給与収入に換算する場合には、職業費がかかっていないことから修正計算をし、事業収入に換算する場合には、職業費に相当する費用が控除済みであるとして、修正計算は必要ないとした事例です。

妻からの時抗告をしたのに、不利益な結果になっている点も注目です。

東京高等裁判所令和4年3月17日決定です。

この記事は、

  • 年金の婚姻費用で争っている人
  • 婚姻費用審判で複数の収入がある人

に役立つ内容です。

著者 弁護士石井琢磨

 弁護士石井琢磨
 更新:2023.3.6

 

年金婚姻費用事案の概要

本件は、妻が、別居中の夫に対し、月額8万円の婚姻費用を支払うよう求めた事案。

家庭裁判所は、夫に対し、令和2年6月から令和3年11月までの未払婚姻費用として131万5500円を直ちに、同年12月から当事者の離婚又は別居解消に至るまで婚姻費用として毎月末日限り月額3万8500円を支払うよう命じました。

家庭裁判所は、令和3年8月までは、妻が年金収入、夫が事業収入及び年金収入を得ていたことを前提に、月額9万1666円と試算。妻の申立ての限度内である月額8万円を相当として計算をしました。

妻は、不服申立て。試算結果と同額の月額9万1666円に増額するよう求めて即時抗告。

 

高等裁判所の判断

高等裁判所は、夫に対し、未払分の婚姻費用として、令和4年2月までの婚姻費用合計113万1000円と認定。→家庭裁判所より減額

同年3月から離婚又は別居解消に至るまで、婚姻費用として毎月末日限り月額3万8500円の支払を命じました。→家庭裁判所と同じ金額。

妻としては即時抗告しない方が良かったという結果です。

家事審判に対する不服申立の場合には、民事裁判とは違い、不利益に変更されることもありますので、注意しましょう。

 

年金婚姻費用請求の流れ

妻(昭和21年生)と夫(昭和24年生)とは、平成25年6月5日、婚姻。令和2年6月2日頃、別居。

妻は、前夫との間の長女に依頼して、令和2年6月18日頃、夫に対し、生活費として月額最低10万円を預金口座に振り込むよう請求する書簡を送付

書簡には、「本来、これは母(妻)が自分で書く手紙だと思いますが、母に頼まれましたので、母の意向に沿い私が書きました。」と記載されていました。

妻は、令和3年3月27日、千葉家庭裁判所に対し、婚姻費用の支払を求める調停を申し立て

調停は、令和3年8月18日不成立により終局し、審判手続に移行

 

婚姻費用の年金収入

妻は、別居当時から無職であり、老齢基礎年金が唯一の収入

その額は、令和2年10月支払分から令和3年4月支払分まで(8か月分)の合計が26万1440円であり、これを年額に換算すると39万2160円(261,440÷8×12=392,160)。

夫は、年額144万4315円の公的年金を受給しているほか、石材業を自営して事業収入を得ていたが、令和3年8月19日、石材業を廃業。

 

年金収入の換算

権利者である妻と義務者である夫の収入について検討するに、妻の年金収入は年額39万2160円に相当するところ、年金収入については給与収入と異なり職業費の支出を考慮する必要がないため、近時の統計資料に基づく総収入に占める職業費の割合(おおむね18~13%であり、高額所得者の方が割合が小さい。本件報告書参照)のうち15%を採用して給与収入に換算すると、おおむね年額46万円(392,160÷(1-0.15)=461,364)となると指摘。

 

年金収入と自営業収入の換算

他方、夫は、令和3年8月までは石材業による事業収入と、年額144万4315円の年金収入とを得ていたことが認められ、一件記録中の令和2年確定申告書によれば、相手方の同年中の売上は382万6925円、差し引くべき売上原価及び経費の合計は285万7804円(うち減価償却費は63万2913円)、差引後の残額は96万9121円であり、同額から青色申告特別控除額65万円を控除した「所得金額」は31万9121円。同額から社会保険料控除12万0400円のほか、生命保険料控除、配偶者控除、基礎控除を控除して算出される「課税される所得金額」は0円であったと認定。


そうすると、夫の事業収入については、上記所得金額31万9121円に、現実に支出されていない青色申告特別控除額65万円及び減価償却費63万2913円(同申告書上、償却資産の取得のための借入金の返済金等、特別経費として考慮すべきものが存在することはうかがわれない。)を加算した160万2034円から、社会保険料12万0400円を控除した年額148万1634円と認めるのが相当と指摘。

また、算定した事業収入は、既に職業費に相当する費用を控除済みのものであるから、年金収入を事業収入に換算するに当たっても、上記のような修正計算は必要ないと指摘。

したがって、夫の令和3年8月までの収入は、事業収入に換算すると、上記事業収入と年金収入を合算したおおむね年額292万円(1,444,315+1,481,634=2,925,949)に相当するものと認定。

 

次に、夫は、令和3年9月以降、年額にして144万4315円の年金収入のみを得ているところ、これを給与収入に換算すると、おおむね年額169万円となる(1,444,315÷(1-0.15)=1,699,194)と認定。

 

年金婚姻費用の認定計算

以上を前提に、双方の収入額を表(婚姻費用・夫婦のみの表)に当てはめると、令和3年8月までの双方の収入によれば、相当な婚姻費用は4~6万円となると認定。

認定事実によれば、妻の娘は、妻の依頼を受け、令和2年6月18日頃、妻の意思であることを明記した上で、夫に対し、婚姻費用を支払うよう求める書簡を送付し、娘を使者として婚姻費用の支払を請求する意思表示があったものであるから、夫に対しては、同月から令和3年8月までの15か月間、妻のために月額6万円の婚姻費用を分担させるのが相当としました。

その総額は、90万円(60,000×15=900,000)と認定。

 

また、令和3年9月以降の双方の収入額によれば、相当な婚姻費用は2~4万円となるところ、一件記録に現れた諸事情を考慮すると、相手方に対しては、同月以降、抗告人のために月額3万8500円の婚姻費用を分担させるのが相当としています。

以上によれば、相手方に対しては、令和3年8月までの婚姻費用90万円及び同年9月から令和4年2月まで(6か月)の婚姻費用合計23万1000円(38,500×6=231,000)の合計113万1000円を直ちに、同年3月から当事者が離婚又は別居解消に至るまでの間、婚姻費用として毎月末日限り月額3万8500円を抗告人へ支払うよう命ずるのが相当であるとしました。

 

家庭裁判所より減額された理由

高等裁判所は、家庭裁判所より減額になった理由を補足的判断の中で説明しています。

妻は、原審判が夫が令和3年8月までに分担すべき婚姻費用を月額9万1666円と試算したものの、妻が主張する限度で月額8万円を分担させるのが相当であると判断したことを踏まえ、当審においては、夫は令和3年8月までの間、月額9万1666円の婚姻費用を分担すべきである旨を主張している点に言及。

しかしながら、原審判の判断については、

①夫の事業収入額の認定において、令和2年確定申告書の「所得金額」に配偶者控除額、基礎控除額及び生命保険控除額を加算して収入額を算定しているが、配偶者控除額、基礎控除額、生命保険料控除額等は「課税される所得金額」を算定する上で税法上「所得金額」から控除される数額であって、これらを控除前の数額である「所得金額」に更に加算して収入額を計算すべき合理的根拠は見いだせないこと、

②年金収入に係る基礎収入の算定において、公租公課、職業費及び特別経費を控除する合理的理由は認められないとしているが、職業費の負担がないことはさておき、年金収入を得ているとの一事をもって公租公課や特別経費の負担がないとはいい切れず、基礎収入額の算定においてこれらの標準的な額を考慮する必要がないとまではいい難いことなど、

原審判が依拠する標準的算定方式に沿わない点や、明らかに不合理な点があり、是認し難いものといわざるを得ないとしています。

改めて検討すると、令和3年8月までの婚姻費用については、原審判の判断よりも低額である月額6万円(15か月分合計90万円)が相当であるとしています。

 

家庭裁判所の計算方法が違うではないか、という指摘ですね。

結論として、家庭裁判所の婚姻費用計算が怪しい場合、間違えていそうな場合、それが自身に有利な計算であれば、他の争点を理由に不服申立をすると、不利な金額に修正されてしまうこともあるということになります。

 

 

標準的算定方式における総収入と自営業収入

婚姻費用等の算定では、簡便で迅速かつ公正な手法として、標準的算定方式やこれに基づく算定表が広く受け入れられています。

算定表自体は裁判所のホームページでも公表されており、チェックした人も多いでしょう。

調停だけでなく、婚姻費用審判事件でも定着しています。 

この方式では、権利者・義務者の基礎収入を算定します。

基礎収入は、総収入から公租公課(所得税・住民税・社会保険料)、職業費及び特別経費を差し引いた金額を基にしています。

自営業の収入に関しては、確定申告書の「課税される所得金額」を基に、税法上控除されるものの現実には支出されていない費用(配偶者控除、扶養控除、基礎控除等)の額や青色申告特別控除額等を加算し、修正します。

そして、基礎収入は、「総収入」から所得税、住民税及び特別経費を差し引いた金額としています。

基礎収入を算出する方法では、給与収入と自営収入では控除される費用が異なることがあります。なぜなら、自営業収入における「総収入」では、給与収入と異なり、既に職業費に相当する費用と社会保険料が控除されているからです。

 

年金収入の場合の標準算定方式

このような労働収入に対し、年金収入のように、職業費の支出を要しない収入もあります。

標準的算定方式を適用する場合、収入額から公租公課、職業費、および特別経費を控除して基礎収入を算定する方法をが一般的です。ただし、年金収入の場合に、実際には必要のない職業費が控除されると、基礎収入が過度に低くなるという問題があります。

この点について、文献や実務上では、何らかの修正が加えられることが多いです。

 

年金収入の修正方法としては、基礎収入の割合を修正して高めに算定したり、職業費は控除せずに高齢者にありそうな特別支出(医療費、介護費等)を基礎収入に加算して調整する方法があります。

年金額を(1-職業費の割合)で除して給与所得者の収入額に換算して算定する方法もあります。

 

年金と自営収入がある場合の婚姻費用計算

夫は、令和3年8月までは自営収入と年金収入とを得ていました。そこで、高等裁判所は、年金収入を自営収入に換算した上で、上記自営収入と合算した収入額を標準的算定方式に当てはめて計算しています。

自営収入の「総収入」では職業費に相当する費用等が控除されているので、年金収入をそのまま自営収入に関する標準的算定方式に当てはめても、職業費が控除される問題は生じないはずだという前提です。

今回の高裁決定は、標準算定方式の計算において、年金収入を給与収入及び自営収入に換算して当てはめるという方法を採用しています。このような計算をする場合には、内容をチェックしておいた方が良いでしょう。

 

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